![]() ラッセル関係電子書籍一覧 |
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(p.318)『西洋哲学史』(1946) → (1945)/ 『人間の知識』(1949) → (1948)
(p.319)罰金千ポンド → 罰金百ポンド(原文が間違っているかもしれないが,これは大きな間違い)
(p.324)「ローガン・パーサル・スミスの姉と結婚」 → 「・・・妹と結婚」
(p.338)「自分(アリス)は弟のところにいって暮らすことに同意した。」 → 「・・・兄のところに・・・」
*そのすぐ後ろに,アリスがラッセルに百ポンドを提供したいという文章が続くが,これが上記(p.319)と対応するため,「千ポンド」というのは大変まずい,不適切な訳となる(原文が間違っているのかもしれないが)。
(p.346)ロンドン経済大学 → London School of Economics and Political Science(通称: LSE) は,経済学だけでなく,政治学も主な研究分野であるため,少し不適切と思われる。ロンドン政治経済大学もピンとこないが・・・。
(p.561)注5 The Principles of Mathematics ・・・出版されたのはようやく1930年になってからである。 → 1903年の誤記(あるいは原文の誤り?)
注13 Dewy → Dewey
天才と言われた人や偉大な業績をあげた「偉人」には,'正常な'人間を基準に考えれば,'異常'あるいは'病的'と思われる現象が多々みられる。もちろん,「異常な」傾向は,多少なりとも誰にもあるので,「病的」でなければとりあげる意味は余りないであろう。天才と言われた人で,統合失調症,うつ病,躁うつ病などの,精神的疾患にかかっていた人は少なくないが,「誤診」もあると思われる。哲学者(3人):バートランド・ラッセル,ウィトゲンシュタイン,シモーヌ・ヴェイユ 数学者(2人):アラン・チューリング,ラマヌジャン 自然科学者(4人):ニュートン,キャベンディッシュ,アインシュタイン,キンゼイ(=性科学及び生物学) 文学者(2人):スイフト,パトリシア・ハイスミス 芸術家
画家等(3人):ミケランジュロ,ゴッホ,アンディ・ウォーホル
音楽家(3人):エリック・サティ,バルトーク,グールド政治家(1人):ジェファーソン, 社会改革家(1人):ジョン・ハワード 王侯貴族(1人):スペイン王フェリペニ世
ラッセルの発言は,非常に率直に言っている場合と,率直にいっているように見えるが皮肉がこめられていて,そのまま受け取ると誤解する危険がある場合がある。後者が曲者である。後者の解釈の仕方によって,ラッセルの(発言の)解釈がかなり違ってきてしまう可能性がある。ラッセルは冗談をこめて言ったつもりが字句どおりに受け取られてしまい誤解を与えてしまったことも少なくなく,『ラッセル自叙伝』にも少し書かれている。モンクはラッセルの家族や親族の多数に取材しているが,彼ら(彼女ら)の発言が全て正しいとは思われず(あるいはラッセルを誤解して発言している可能性もあり),よく考えてそれぞれの証言を吟味する必要があるだろう。この症候群の中心となる,社会的孤立や孤独癖,感情的なやりとりに無関心で孤高の人として特定の興味をひたすら追及するという傾向 → これについてはそのとおりであり,異論はない。 自分がアリスをもう愛していないことを悟ると,ラッセルは妻に対するありとあらゆる不満を並べたて,まったく思いやりのない態度と口調で愛情がなくなったことを伝えた。(ベアトリス・ウェッブは,アリスを慰めて次のように言っている。「バーティ(B.R.)は,常に完璧を求めなければ気がすまない哀れな性格の男です。彼が信じているのは,絶対的な論理,絶対的な倫理,完璧な美--,しかも,すべてにおいて非常に洗練された高い水準を求める。・・・。こんなふうでは,ラッセル自身の未来だけでなく,彼が愛し,また彼を愛する人々の将来のことを考えるとゾットします。」 → 第一次世界大戦によって,ラッセルの他人に対する態度はかなり変貌する。それ以前のラッセルの性格や他人に対する態度の描写としてはあたっていると思われる。 ラッセルは女性参政権を主張しながらも,女性の知力は男性に比べて劣っており,妻になり母になることが女の主たる役目だと考えていたのです。 → ラッセルは,生まれつき男性が女性より知力がすぐれていると考えていたのではなく,出生後の教育や環境によって,結果として女性は男性より知的に劣った状態になっていると言っている(参考)。また,一般論としてどう考えるかということと,ラッセルが「自分の」妻に対してどのような役割を期待するかということとは異なった問題であり,ラッセルがドラに対して母親としての役割を期待したとしても,「女性の主たる役目は母親になることだ」と主張していることにはならない。 人との関係が行き詰ったと感じるたびに,ラッセルはそれを修復しようと努力する代わりに,その関係から逃げだすことしか考えませんでした。おそらくは'共感能力の欠如','非常さ','利己的な悪意'などがそうさせたのでしょう。 → 前半の記述はそうだろうと思いますが,後半は少し「決め付け」(言いすぎ)ではないか。 モンクは,ラッセルのことを「亡霊。周囲の人と部分的にかかわるだけの,確固とした実体のない存在。どんな人もありのままの姿で受け入れられない性格が,ラッセルをして,温かみと感情の欠けた死んだも同然の人間にしたのだ」と評しています。 → ラッセルを良く思っていない親族を中心に取材すればこのような結論になるのであろう。親族や関係者のなかには,ラッセルを慕っていた,また尊敬していた人間も多いということは忘れてはならないだろう。(参考:ラッセル卿の孫娘,焼身自殺-インドシナ戦に絶望?)