(トップページ)

バートランド・ラッセルのポータルサイト

バックナンバー索引

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「(週刊)バートランド・ラッセル(1872.5.18-1970.2.2)に関するメール・マガジン」
  no.0910_2024/11/16 (2006/12/21 創刊/毎週土曜 or 日曜日 発行)
 
 バートランド・ラッセルのポータルサイト: https://russell-j.com/index.htm
     同上 スマホ用メニュー        : https://russell-j.com/index.html
「ラッセルの言葉366_画像版」:
           https://russell-j.com/smart_r366/br366g-j_home.html
           https://russell-j.com/smart_r366/r366g_j-today.html

 R英単語・熟語_総索引: https://russell-j.com/beginner/reitan-idx.htm
 Twitter : https://twitter.com/russellian2

★Rホームページ利用制限コンテンツ閲覧用パスワード: 1872Y0518
 ポータルサイト専用掲示板: http://249.teacup.com/bertie/bbs

[★投稿歓迎:ラッセルに関係するものであれば,ご意見,ご要望,エッセイ,
       ちょっとした情報提供等,何でもけっこうです。投稿は,
       matusitaster@gmail.com 宛,お願いします。
  ◆◆◆
 ◆お願い◆ 楽天で買い物をしている方も多いと思われます。
  ◆◆◆  ラッセルのポータルサイト(トップページ)の検索ボックス経由
       あるいは,ポータルサイトに掲載した個々の楽天取扱商品のリンク
       経由でご購入いただければ幸いです。
        収益はラッセルのホームページのメンテナンス費用や早稲田大学
       のラッセル関係資料コーナ寄贈資料の購入に充当させていただきま
              す。]

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
                                    
    ■ 目 次 ■
          
 1.ラッセルの著書及び発言等からの引用
 2.ラッセルに関する記述や発言等
  編集後記


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 1.ラッセルの著書や発言等から
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■「ラッセルの英語」n.2800~2804  を発行しました。
  (1)「ラッセル英単語熟語」は、2800-2804
  (2)「ラッセルの英文」は、n.2800-2, 2802-2, 2804-2
 
 1つずつ再掲します。

■■  ラッセルの英語1 n2802 R英単語熟語

★ conventional【慣習的な、因習的な、伝統的な、従来の;型にはまった】

* convention (n):慣習、因習、しきたり;大会、(定期)集会
* conventionalism (n):因習尊重、慣例尊重主義

1.ラッセルの用例

Conventional people consider adultery one of the worst of crimes, but 
large sections of the population regard it as excusable if not 
positively laudable.
[因習的な人びとは,不貞は最悪の犯罪の一つだと考えるが,大部分の人びとは,
積極的にほめないにせよ,許すことのできるものであると見なす。]
 出典:ラッセル『 幸福論』第9章「世論に対する恐怖」
     https://russell-j.com/beginner/HA19-010.HTM

This is recognized in conventional phrases, such as being "tied to his
 mother's apron strings.
[このことは,「母親のエプロンのひもにくくりつけられた」(注:"tied to
 his mother's apron strings" 日本で言えば「乳離しない」とか「親離れし
ない」)などの決まり文句の中にも認められる。]
 出典:ラッセル『教育論』第二部_性格の教育_第11章「愛情と同情」
     https://russell-j.com/beginner/OE11-050.HTM
I do not mean that people should be intentionally eccentric, which is 
just as uninteresting as being conventional.
[私は,人びとは故意に変人(奇矯な人間)になるべきだと言っているのではな
い。それは,因習的であるのとまったく同様に,つまらないことである。]
 出典:ラッセル『幸福論』第9章「世論に対する恐怖」」
     https://russell-j.com/beginner/HA19-010.HTM

Mrs. Shaw was a very able manager and used to provide Shaw with such a
 delicious vegetarian meal that the guests all regretted their more 
conventional menu.
[バーナード・ショー夫人は非常に(ショーの)有能なマネージャー(監督者)
であり、ショーにいつもおいしい野菜を提供し(注:ショーはベジタリアン)
,(ショーの)客たちは皆,自分たちのより伝統的なメニューを残念に思った
ほどであった。]
 出典:ラッセル「バーナード・ショー」
     https://russell-j.com/beginner/1036_GBS-030.HTM


2.参考例

The conventional style of school education should be thoroughly 
reviewed.
[昔ながらの学校教育のあり方は、根底的に見直されなければならない。]
 出典:『英単語ターゲット1900 四訂版』p.304

Organic farming is labor-intensive, whereas conventional farming is 
capital-intensive.
[有機農業が労働集約的なのに対し、従来の農業(注:現代における「一般的
な農業」/"conventional の意味に要注意)は資本集約的である。]
 出典:『キクタン TOEIC TEST SCORE 800』p.304

The young prince wanted to be free of convention, which prevented him
 from marrying a commoner.
[若き王子は、庶民との結婚を阻んでいるしきたりから自由になりたいと望ん
だ。]
 出典:『鉄緑会 東大英単語熟語 鉄壁』p.390

After a few conventional opening remarks, he made a brilliant speech.
 出典: Longman Dictionary of Contemporary English, new ed.


■■   ラッセルの英語2; R英文

  ラッセル『ヒューマン・ソサエティ-倫理学から政治学へ』
  (Human Society in Ethics and Politics, 1954)
  第6章:道徳的義務 n.23

 まず自己中心主義の(利己的な)方(注:個人的な善の追求)をとりあげよ
う。そうして、「善」を「欲望の充足」と定義したことを忘れてないようにし
よう。私は非常に慈悲深く、他の何よりも一般的な善を望むかもしれない。
その場合、私の善と一般的な善は一致し、私達の(前述の)2つの教訓
(precepts )は同一の結果をもたらす。あるいはまた、私の最も強い欲望が自
分自身に関するものであるけれども、それは一般善に資する行為だけを促すよ
うなものであるかも知れない。 例えば、私の最も強い欲望が、"慈悲深い人間
になりたい"とか「不滅の詩に嫁いだ」(注:John Milton の詩 L'Allegro 
にある言葉/勝部真長訳の注では出典を聖書としている)というものである
場合には、そのようなことが起こるかも知れない。私たちが今関心を持ってい
るような意味で自己中心的(利己的)な道徳体系は、通常の意味で自己中心的
(利己的)である必要はない。たとえば、ストア学派は人間はそれぞれ自分の
徳を追求すべきであり、そうすることで一般的な善を促進することができると
いう考えを抱いていた。けれども、彼らは「善」を「欲望の充足」とは定義
しなかった。特定の欲望だけが善である対象を有していた。富や権力、あるい
は世俗的な繁栄を望むなら、それは無価値なものを望むことである。
(つまり)、徳(有徳であること)だけが真に善であり、徳のある人が望むの
は徳だけである。徳とは、神の御心に適うことで成り立っていた。
	
Let us first take the egoistic alternative, and let us not forget that
 we defined “good” as “satisfaction of desire”. I may be so 
benevolent that I desire the general good more than I desire anything
 else; in that case, my good and the general good coincide, and our 
two precepts lead to identical results. Or, again, it may be that, 
though my strongest desires have reference to myself, they are such as
 to prompt only acts conducive to the general good; this may happen, 
for example, if my strongest desire is that I should be a benevolent
person or that I should be “married to immortal verse". Moral systems
that are egoistic in the sense with which we are at present concerned
 need not be selfish in the ordinary sense. The Stoics, for instance,
 held that each man should seek his own virtue, but they held that in
 so doing he would promote the general good. They did not, however, 
define “good” as “satisfaction of desire”; only certain desires had
 objects that were good. If you desired riches or power or any kind of
 worldly prosperity, you were desiring what was worthless; only virtue
 was truly good, and only virtue would be desired by the virtuous man.
 And virtue consisted in conformity with the will of God.
Source: Bertrand Russell: Human Society in Ethics and Politics, 1954,
 chapter 6: Moral obligation, n.23
  More info.: https://russell-j.com/cool/47T-0623.htm


■「ラッセルの言葉366_画像版」
   日本語 version : n.2932j-2938j を投稿
   英 語 version : n.2932e-2938e を投稿

    n.2934j (Nov. 12, 2024)
 
  「正義は勝利する?(Justice will triumph)」

 「正義は勝利する(Justice will triumph)」とか「正しきもの(正義)は
最終的に勝利する(Right will prevail)」とかいったスローガンは、単に冷
静な判断(計算)に対する衝動の抵抗に過ぎず、紛争においては、両陣営が、
こうした勇気づける虚偽に訴え、和解は臆病だと等しく結論を下す、という事
実からもそれが分かる。

A slogan such as "Justice will triumph”, or "Right will prevail”, 
is merely the protest of impulse against calculation, as may be seen 
by the fact that, in a dispute, both sides equally appeal to such 
encouraging falsehoods, and therefore both sides equally conclude that
 conciliation would be pusillanimous.
Source: Bertrand Russell: Human Society in Ethics and Politics, 1954, 
part II: The Conflict of Passions, chapter 3: Forethought and Skill, n.2
More info.: https://russell-j.com/cool/47T-2_0302.htm

<寸言>
 正義と悪の二分法はいただけません。実際は、「より良い」ものあるいは
「より悪い」ものがあるだけです。もちろん、なかには「非常に悪い(良くな
い)」と思われるものがあり、「非常に悪い(良くない)」ものは止めたり、
解毒化したりする必要があります。しかし、「非常に悪い(良くない)」もの
だからということで「抹殺」する権利は誰にもありません。

The dichotomy between right and wrong is not acceptable. In fact, 
there are only ‘better’ or ‘worse’ things. Of course, some things
 are considered ‘very bad’ (not good) and ‘very bad’ (not good) 
things need to be stopped or detoxified. However, no one has the right
 to ‘kill off’ something because it is ‘very bad (not good)’.

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(2) ラッセルに関する記述や発言等 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 今回もお休み

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 編集後記 トランプを大統領に選んだ米国民 - ラッセルの警告
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 米国民はトランプを米国の大統領に選びました。「民主主義的手続き」に
よるものですが、ラッセルは1938年に次のような発言をして皮肉っています。

「民主主義下の政治家として一番成功した者は、民主主義を廃止し独裁者と
 なることに成功した者である。・・・いずれにせよ,興奮した(動揺の)
 時代においてはそうである。レーニンやムッソリーニやヒットラーが台頭
 することのできたのも民主主義のおかげであった。
 (注:たとえば、ナチス が民主主義的手続きにより多数派をしめ、そう
    して多数決によって一党独裁にいたった。)

The most successful democratic politicians are those who succeed in 
abolishing democracy and becoming dictators... at any rate in excited
 times. Lenin, Mussolini, and Hitler owed their rise to democracy.
Source: Power, a new social analysis, 1938, by Bertrand Russell
 More info.: https://russell-j.com/beginner/POWER03_200.HTM
                             (松下)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■編集・発行:(松下彰良/まつした・あきよし)
■ご意見・ご感想・お問合せはお気軽に : matusitaster@gmail.com

■登録・解除・変更はこちら: https://russell-j.com/R3HOME.HTM
■WEBサイト: https://russell-j.com/
     ( top page: https://russell-j.com/index.htm )
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━