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(週刊)バートランド・ラッセル(1872.5.18-1970.2.2)に関するメール・マガジン
no.0674_2020/02/29 (2006/12/21 創刊/毎週土曜 or 日曜日 発行)
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■ 目 次 ■
(1)ラッセルの著書及び発言等からの引用
(2)ラッセルに関する記述や発言等
編集後記
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(1) ラッセルの著書や発言等から
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■「(ほぼ日刊)ラッセルの言葉366」
n.1809〜n.1808を発行しました。
(1) ラッセル『私の哲学の発展』第11章「知識の理論」n.1
『ラッセルの言葉366』 n.1810 (2020年02月26日 水曜日)
https://russell-j.com/beginner/BR_MPD_11-010.HTM
1914年8月から1917年の終りまで、私が戦争に反対したことから生じた諸問題
に没頭していたが、1918年始めには、平和主義者として有益にできる仕事はこ
れ以上(まったく)ないと信ずるようになっていた。以前に執筆することを約
束していた『自由への道』と名付けられた本をできるだけ早く書き上げたが、
それが私の手を離れると、私はふたたび哲学の問題の仕事(研究)を始めた。
私は、前章の中で、私が刑務所に入る直前に書き終えた、論理的原子論につい
ての講演(の内容)について取り扱った。刑務所の中で、私は J. デューイに
対する攻撃的な批評(a polemical criticism)を書き、ついで『数理哲学入門』
を書いた。その後、私の考えは、知識論(知識の理論)と知識論に関係のあり
そうに思われた心理学や言語学の(関係する)諸部分とに向っていた(向かっ
ていることに気づいた。これは、私の哲学的関心におけるいくらか永続的な変
化であった。その結果は、私自身の考えだけについていえば、次の3冊の書物
に示されている。即ち、『精神の分析』(1921年)。『意味と真理の探究』
(1940年)。『人間の知識、その範囲と限界』(1948年)。
Chapter 110 The Theory of Knowledge, n.1
From August 1914 until the end of 1917 I was wholly occupied with
matters arising out of my opposition to the war, but by the beginning
of 1918 I had become persuaded that there was no further pacifist
work that I could usefully do. I wrote as quickly as I could a book,
which I had contracted to produce, called Roads to Freedom, but when
that was out of the way I began again to work at philosophical
subjects. I have dealt in the preceding chapter with the lectures on
Logical Atomism which I finished just before going to prison.
In prison, I wrote first a polemical criticism of Dewey and then the
Introduction to Mathematical Philosophy. After this I found my
thoughts turning to theory of knowledge and to those parts of
psychology and of linguistics which seemed relevant to that subject.
This was a more or less permanent change in my philosophical interests.
The outcome, so far as my own thinking was concerned, is embodied in
three books: The Analysis of Mind (l92l); An Inquiry into Meaning and
Truth (1940); Human Knowledge: Its Scope and Limits (1948).
(2) ラッセル「新しい型の宗教」(『ラッセル思想辞典』)から
『ラッセルの言葉366』 n.1811 (2020年02月27日 木曜日)
コペルニクス以後、科学と神学とが意見を異にした時、いつも科学が勝って
いた。
(これまで見てきたように)神学は人間生得(生来の)の野蛮さを助長した
が、科学は不幸(苦痛)を減らすのに役立ってきた。科学的なものの見方が普
及して、神学的なものの見方とは逆に、明らかに幸福は増大した。
科学とキリスト教(神学)との闘争は、時々前哨地で小競り合いはあっても
、今日ほとんど終わり、・・・キリスト教は野蛮時代から引き継いだ不必要な
ものを捨て、純化し、また、反対者を迫害したがる欲望も抱かなくなった。
より自由な考え方をするキリスト教徒は、「隣人愛」というキリストの教え
を受容することと各個人の中に尊厳なものが在ることだけを信仰している。ま
た、「キリスト教徒は戦争に反対すべし」との信念が教会に高まりつつある。
The warfare between science and Christian theology, in spite of an
occasional skirmish on the outposts, is nearly ended, and I think most
Christians would admit that their religion is the better for it.
Christianity has been purified of inessentials inherited from a
barbarous age, and nearly cured of the desire to persecute. There
remains, among the more liberal Christians, an ethical doctrine which
is valuable : acceptance of Christ's teaching that we should love our
neighbours, and a belief that in each individual there is something
deserving of respect, even if it is no longer to be called a soul.
There is also, in the Churches, a growing belief that Christians
should oppose war.
旧来の宗教が純化され、多くの点で人類に有益になって来た一方で、新しい
型の宗教が現れて来た。
先ず第一に、科学的精神よりも科学的技術を優先・重視すること(注:科学
的精神よりも技術を重視すること)、次に、キリスト教が後悔し改めた誤謬を
、キリスト教に代って(誤謬を)繰り返していることの二つの理由から、新し
い宗教が生れた。
宗教と呼ぶ理由は、事実と証拠とに立脚する科学的精神よりも、絶対性を情
熱的に主張し、反対派にガリレオ 時代の宗教裁判のような迫害を加えるから
である。
ユダヤ人を迫害するナチス・ドイツで、キリストもユダヤ人だと主張したり
、古い唯物論に固執するスターリン(支配下の)ロシアで、原子がその実体性
を失い単なる事象(出来事)の連続にすぎないと主張すれば(注:唯物史観を
否定すれば)、両方とも、厳しく迫害・処罰される(その処罰は多分法的なも
のよりも経済的なものであろう)。
If you maintain in Germany that Christ was a Jew, or in Russia that
he atom has lost its substantiality and become a mere series of
events, you are liable to very severe punishment - perhaps nominally
economic rather than legal, but none the milder on that account.
Source:Religion and Science, 1935, chap. 10
More info.: https://russell-j.com/beginner/new_type_of_religion.htm
■「(ほぼ日刊)ラッセルの英語」
n.1765〜1768を発行しました。ひとつだけ再掲します。
n.1767 (2020年02月27日)
最所フミ(編著)『日英語表現辞典』(ちくま学芸文庫,2004年1月)を参考に
した「ラッセルの英語_日英語表現辞典シリーズ」(通称 R日英表現)です。
2月27日から「和英の部」(pp.271-628)に入ります。「英和の部」と同じよ
うにうまくいくかどうかわかりませんが、やってみます。
<和英の部>
★ abuku-zeni あぶく銭 unearned money; ill-gotten riches; easy money
(p.271)
* 「あぶく銭はなくなるのも早い」
→ Easy money disappears fast.
R英単語・熟語集の用例とはできるだけ重複しないようにしますが、用例が
少ない場合はどうしても重複してしまいます。あしからず。
A.ラッセルの著作における用例
<用例1>
After parting with the debentures that I gave to Eliot, I was left
with only about £100 a year of unearned money.
[社債をT.S.エリオットにあげて手放して以後,私の手許に残った不労所得は
,年約百ポンドだけになった。]
出典:ラッセル『自伝』第2巻第2章「ロシア」
<用例2>
But a man who acquires a fortune by cruelty and exploitation should be
regarded as at present we regard what is called an 'immoral' man; and
he should be so regarded even if he goes to church regularly and gives
a portion of his ill-gotten gains to public objects.
[けれども,冷酷と搾取によって財産をたくわえた人は,いわゆる「不道徳な」
人間を今日われわれが見るような目で見るべきである。たとえその人が規則正
しく教会に通い、その不正手段で得た財の一部を公共の目的に寄付するとして
も、やはり、そう見なされるべきである。]
出典:『訳注ラッセル選』の中の「冷酷と搾取によって財産をたくわえた人」
B.他の参考例
<参考例1>
unearned income/wealth | unearned praise (= not deserved praise)
Longman Dictionary of Contemporary English, new ed.
<参考例2>
Declare all unearned income | ill-gotten gains (= money that was not
obtained fairly)
Oxford Advanced Learner's Dictionary, 8th ed.
★「ラッセルの言葉(Word Press 版)v.2, n.1510〜1513
1)n.1510:R『権力−その歴史と心理』第13章 組織と個人 N.9
https://russell-j.com/wp/?p=5267
2)n.1511: R『権力−その歴史と心理』第13章 組織と個人 N.10
https://russell-j.com/wp/?p=5270
3)n.1512: R『権力−その歴史と心理』第13章 組織と個人 N.11
https://russell-j.com/wp/?p=5273
4)n.1513: R『権力−その歴史と心理』第13章 組織と個人 N.12
https://russell-j.com/wp/?p=5277
★「ラッセルの言葉_画像版」
日本語 version : n.1210j-1216j を投稿
英 語 version : n.1210e-1216e を投稿
一つだけ再録します n.
https://russell-j.com/smart_r366/r366g_j1213.html
「藁をもつかみたい」
(歴史的)遺物に対する信仰は,しばしば,(秘密が)暴露されても生き残
る。例えば,(シチリア島の)パレルモに保存されている聖ロザリアの遺骨は
,幾世紀もの間,病を治す効果があるとされてきた。だが,不敬の解剖学者が
調べたところそれは山羊の骨であることが分った。(しかし)それにも関わら
ず治療(行為)は続いた。
Belief in relics often survives exposure. For example, the bones of
St. Rosalia, which are preserved in Palermo, have for many centuries
been found effective in curing disease ; but when examined by a
profane anatomist they turned out to be the bones of a goat.
Nevertheless the cures continued.
Source: Religion and Science, 1935, by Bertrand Russell
More info.: https://russell-j.com/beginner/RS1935_04-020.HTM
<寸言>
藁をもつかみたい民衆の心理。
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(2) ラッセルに関する記述や発言等
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お休み
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編集後記 パンデミック?-「政治的」「経済的」配慮の弊害
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専門家は、新型コロナウィルスの感染者は、少なくとも発表者数の10倍以上
いるはずだ、と言っています。韓国は1日あたり10,000人規模で検査できる体
制をとっているそうですが、日本では先週末においては1日あたり 約900件と
のことでお話になりません。産総研は30分で検査できる装置を開発したそうな
ので今後は急速に検査体制の整備が進むでしょうが、政府の対応は遅すぎと言
わざるを得ません。
どうも、致死率が低いことと、クルーズ船をうまく処理できれば日本では感
染は広がらない(封じ込めることができる)と甘くみたことと、検査を大々的
にやって数字が大きくでると、オリンピックの開催に影響したり、日本の評判
を落としたりして経済活動が不活発になると、アベノミクスもだめになる可能
性があると考え、「政治的」及び「経済的な」「配慮」が影響したのではな
いかと疑われます。
これまでの政府の新型コロナウイルス対策に対するネットでの不評判を一挙
に挽回しようとしたのか、安倍総理は一昨日突然、「全ての小学校から高校ま
での学校を来週から春休みまで休校にしてほしい」との「要請」を大々的に行
いました。本来ならもっと早く、全校を休校することによる問題にどのように
対処するか考えた上で発表し、1週間くらいの余裕を学校に与えるべきでした
が、その余裕を与えず、来週から実施してほしいと要請したために、大きな混
乱が生じています。「起こる責任は政府が負う」と言っていますが、経済的な
損失だけではく、「負えない責任」は「負うことはできません」。年度末試験
をどうするのか、成績評価をどうするのか、共働きの家庭は子供をどう扱えば
よいか等々、すぐには解決法が見つからない問題がいっぱい生じています。
「責任は負う」と言いながら、問題がでたらまとめて報告してほしいという態
度では、助けにならず苦しむ人が多くでそうです。
2月16日に全閣僚で構成する政府の新型コロナウイルス感染症対策本部の会
合(座長は総理)が開催されていますが、森法相は地元の書道展での表彰式に
出席のため、萩生田文科大臣は地元の消防団の会合に出席のため、小泉環境大
臣は地元の(後援会の)新年会に出席のためということで、3人の主要閣僚が
欠席しています。座長の総理も20分足らずで副座長(の感染の専門家)にまか
せて退席する始末だったとのことです。総理は(首相動静によれば)、その日
以後、稲田元大臣の誕生会(3時間出席!)他、4日間会食にあけくれていま
す。いずれにせよ食事をしなければならないのだからいいじゃないかといった
態度です。秋葉総理補佐官も、総理が全国の学校に休校を呼びかけた日の夜に
、急にはやめられないと言って、政治資金集めのパーティをやっています。
何という危機感のなさでしょうか?
ネットでの非難が非常に高まったため、総理もあわてて思い切った措置をと
ることにし、「自分の決断=勇断」で決めたのだという姿を国民に見せたかっ
た(そうすれば「桜を見る会」の追求や批判も逃れられるかも知れないと思っ
たのでしょうか? 休校要請はやむを得ないにせよ、もっと早くから真剣に対
応すべきでした。
残念ながら、パンデミック(世界的な感染大流行)は起こりそうです。中国
は終息に向かうにせよ、欧米が時期を少しずらして感染が拡大していけば、
オリンピックにそういった国々から観光客や観客がたくさんくるままにしてよ
いでしょうか? 友好国のアメリカの市民なら特例でよいことにする、などと
いう対応はとれるはずありません。 (松下彰良)
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■編集・発行:(松下彰良/まつした・あきよし)
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