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ラッセル関係書籍の検索 ラッセルと20世紀の名文に学ぶ-英文味読の真相39 [佐藤ヒロシ]

エッセイ 索引
* アドホック・エッセイ&備忘録 n.3 (2004年09月19日)

「適訳を求めて(1)-『バートランド・ラッセル自叙伝』の中の誤訳(その1)」

 先日から『ラッセル自叙伝』の対訳の連載を始めた。本日付けで(実際は昨夜遅く) no.3をアップロードしたが,1ケ所だけどうしても理解できない箇所があった。長くなるが全文を以下引用する。
 https://russell-j.com/beginner/AB11-030.HTM

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They obtained for my brother a tutor, D. A. Spalding of considerable scientific ability - so at least I judge from a reference to his work in William James's Psychology. He was a Darwinian, and was engage in studying the instincts of chickens, which, to facilitate his studies, were allowed to work havoc in every room in the house, including the drawing-room. He himself was in an advanced stage of consumption and died not very long after my father. Apparently upon grounds of pure theory, my father and mother decided that although he ought to remain childless on account of his tuberculosis, it was uufair to expect him to be celibate. My mother therefore, allowed him to live with her, though I know of no evidence that she derived any pleasure from doing so.
 理想社刊の日高一輝訳『ラッセル自叙伝』では,「・・・。兄の著『ウィリアム・ジェームズの心理学』におけるその手並みから,スポルディングは,科学的能力がかなり優れていたと,すくなくともそう推察する。」となっている。『心理学』(Psychology)だけがイタリックになっていることから,「ウィリアム・ジェームズが彼の著書『心理学』で D. A. Spalding の著作について言及している内容から判断して,スポルディンの科学的能力はかなりなものであった」,というのが正しい訳だろうとわかる(日高氏のものは誤訳)が,以下の He(ダーウィンの進化論の信奉者・・・)は,(日高訳同様)兄フランクだろうと思いそのように訳しておいた。しかし,それでは腑に落ちないところがあるため,下記のように読者の助けを求めた。
解る方,教えてください! ラッセルの父は1876年始めに亡くなっており,兄のフランクは1931年に亡くなっている。それなのに 'died not very long after my father' 父の死後それほど長生きすることなく兄はなくなった,というのはどういうことでしょうか? 誤訳?)
 本日早速三浦俊彦氏から,「・・・主語は,D. A. Spalding(1877没)でしょう。「兄」では全く意味が通じません。・・・。そうなると,Apparently 以下の主語も一貫して D. A. Spalding と読めますが,そのへんはちょっと意味がわかりませんね。・・・」 という返事をいただいた。

 文脈の流れからいって,三浦氏のいうように,以下の主語は Spalding のはずである。しかし,母が他人であるスポルディングを一緒に住まわせ,屋敷内の部屋の多くを自由に使わせ,世話をやく,というのが理解できない・・・。

 年をとっても,ラッセルは死ぬまで非論理的な文章(意味の通じない文章)は書いていない。死ぬ2日前に書いた中東の和平会議によせたメッセージもきわめて明晰でまともである。となると,ここは Spalding が全て主語だということで押していくのがよいだろうということで,Spalding について調べてみることにした。

 Google の検索エンジンで 「D. A. Spalding」を検索語とすると,ヒット件数が多すぎて話にならない。それでは,D. A. を省略形ではなく,Douglas A. Spalding とすればよいだろうか(ただしそれでは,D. A. Spalding の省略形になっているものは,ヒットしなくなってしまう)。いやもしかすると 「Bertrand Russell」 も検索語に追加すると良いかも知れない。
 ということで,「D. A. Spalding Bertrand Russell」で検索すると,625件にヒット件数が激減した。しかしまだこれでは多い。そこで,スポルディングはラッセルの家庭教師をしていたということで,「tutor」を追加してみた。すると,16件に絞られた! しかも,検索結果の先頭に,
 https://www.filosofie.sci.kun.nl/publications/hra/bra.html (← リンク切れ。かわりに wikipedia の説明をご覧ください。Douglas Alexander Spalding (1841-1877) was an English biologist who ・・・)
zwart
... family,[3] where he was appointed as tutor and where ... family was the parental residence of the philosopher Bertrand Russell. ... DA Spalding (1873) Instinct. ...
 とあるではないか。そこで,注の[3]をみると次のような説明があった。いろいろな疑問が一挙に解決された。
[3] The house of the Maberley family was the parental residence of the philosopher Bertrand Russell. His mother actually assisted Spalding in some of his research