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湯川秀樹「戦争のない一つの世界-世界連邦世界大会を迎えて(1963年8月)

* 出典:湯川秀樹著『創造への飛躍』(講談社刊,1971年7月刊。講談社文庫C5)pp.86-89.
* 湯川スミ氏(=湯川秀樹夫人,明治43年生)プロフィール
* 湯川スミ氏「世界連邦運動について」
* 日高一輝著『世界はひとつ,道ひとすじに』
* 世界連邦運動 / 世界連邦運動協会 / 世界平和アピール七人委員会


 (1963年)八月二十四日から三十日まで「戦争のない一つの世界」という主題のもとに,東京と京都で世界連邦世界協会の世界大会が開かれる。やたらと「世界」という言葉を使わなければならないが,ここでいう「世界」とは,いうまでもなく,現在から未来に向って生きてゆこうとする人類全体と,その活動の舞台としての地球を一緒にしたものである。人類以外のさまざまな生物が地球上に存在するが,生物の中の一つの種としての人類,それも人類の中のある一部だけでなしにその全体を考える。宇宙全体は非常に宏大であるが,人類の安住すべき場所としての地球を問題とする。地球から遠く離れた星や宇宙空間の研究は,ますます進むであろうし,ごく少数の人が他の星に到達する日が,あまり遠くない将来に来るであろうが,ほとんどすべての人が一生をすごさねばならぬ地球を問題とする。科学文明の現在および近い将来における発展段階から見て,これより大きくも小さくもない世界が,最も世界の名にふさわしいと考えることには,だれも異存はあるまい。
 ところが,この世界は非常に不安定な状態におかれている。地球上の諸地域を,ますます緊密に結びつけ「地球を狭くした」科学は,同時に人類全体の運命を予測困難なものにした。昔から人間一人一人の運命は予測困難であり,不安定であった。いつ不治の病気によって生命を奪われるかわからないという不安は,医学の進歩によって軽減されたが,まだなくなっていない。不慮の交通事故にあいはしないかという心配は,むしろ現在の方が大きい。戦争の規模の拡大と,その性格の質的変化に原因する深刻な不安にいたっては,現代人がはじめて経験するところのものである。科学文明が絶え間なく進展する現在および将来の世界においては,戦争の起る可能性の無視できないような世界は,もはや人間にとって耐えられない不安な世界となってしまったのである。
 そこで「いかにして戦争の起りえない世界を創り出すか」が,現代に生きるすべての人に共通の課題とならざるを得なくなってきたのである。私がこのように断定的に言うのに対して,疑問を持つ人もあるであろう。例えば「戦争一般が問題になるのでなく,大規模な核戦争が問題なのだ。それが起らないためには核兵器を禁止すれば,それでよいのではないか」という反論があり得る。しかし,核兵器が国際条約によって禁止されたとしても,それはいったん戦争が起り,ある規模にまで拡大した時に,さらにそれが核戦争にまで進展するのを防ぐための確かな保障とはならないであろう。従ってまた,核兵器禁止の条約だけが,他の諸方策と独立して成立する見こみも非常に少ないのである。一九五九年の国連総会で,有効な国際管理の下に全面完全軍縮を実現しようという決議が満場一致で採択されたのも,核兵器禁止だけでは話がすまないことを,国連に加入しているすべての国が認めたからであると判断される。
 それなら全面完全軍縮で話が終るかというと,そういうわけにもいかない。軍縮後も国際紛争は起るであろう。再軍備をしようとする国が出てこないとも限らない。軍縮後の世界において各国民の安全が保障されるためには,すべての国の政府が守らなければならない「世界法」と,各国にそれを守らせるだけの権威と力を持った超国家的な機関とを創り出す必要がある。それにはどうしたらよいかについては,いろいろ違った意見があり得る。しかし現在,世界連邦運動に関係している人の多くが考えているのは,国連憲章を改正して世界法の性格を持たせ,それに伴って国連自身を,世界連邦議会,政府,裁判所,警察等から成る世界的組織へと発展的に改変することである。そういう改変の過程における最も重要なポイントの一つは,各国が主権の一部を超国家的権威に委譲することである。そこに容易に越えることのできない障害があることは,だれの目にも明らかである。
 だが,国連加盟国のすべてが一致して望んでいる「有効な国際管理の下に全面完全軍縮を実現する」ためにも,すでに軍縮の管理という限られた任務を持った超国家的権威の創設を各国が認める必要が起ってきているのではないか。そういう意味からいって,軍縮と世界連邦とは,必ずしも時間的に前後して実現されてゆく,別々の目標ではなく,むしろ消極面と積極面とが表裏一体となって,単一の大目標を形づくっているともいえよう。
 以上もっぱら「世界」の問題として世界連邦を取りあげたが,今回の大会が日本で開かれるということの特別の意義について,最後に述べたい。過去十回の世界大会がヨーロッパの諸都市で開かれたあとを受けて,今度はじめて日本で行われることになったのは,一方では世界連邦運動が,「世界」的なスケールに発展しつつある現状に対応していると同時に,他方では日本において,この運動が特に盛んであるという実情にもマッチしている。
 私は前に「戦争の起る可能性の無視できないような世界は,もはや現代人にとって耐えられない不安な世界になった」と述べた。戦争の起らない世界を創り出すための,最も簡単な方法は,世界各国が自発的に戦争の放棄を宣言することである。実際,日本国民は戦争放棄を明記した憲法をつくり,それを守ってきた。そして安全保障の根拠を「平和を愛好する諸国民の信義」に求めたのである。このようにして,日本は戦争のない世界を創り出すための,一つの模範を示したわけである。このことが,人類の歴史の中で非常に大きな意味を持つようになるであろうことを,私は期待している。しかし,それと同時に戦争を放棄した日本の安全の保障は,すべての国の全面完全軍縮の実現と表裏一体をなす世界連邦の創設によって,はじめて確かなものになることをも見逃してはならない。そういう,いろいろな点を考えあわすと,今回の世界大会は,日本にとっても世界にとっても,特別な意味を持つことが,一層はっきりしてくるのである。(昭和38年8月)
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