バートランド・ラッセルのポータルサイト

「ラッセル氏、きのふ夜、着濱す-黙々と一語も發せず、ホテルに着く早々就寝

* 出典:『東京日日新聞』1921年(大正10年)7月25日(月)付


 哲人バートランド・ラッセル氏は(1921年7月)二十四日午後七時四十九分、特急で横濱に着いた。氏は不自由な右足を引き摺りながら、右手にステッキ、左手に小型の洋書を握り、黙々として歩み行く。後からは白服の愛人ド・ブラック嬢(ママ/ドラ・ブラック)、 剣橋(ケンブリッジ)大学生エデン・バー嬢(ママ/アイリン・パワー)、京都から東道役を承った改造社の山本氏等は、トランク十数個と共に自動車二台で山下町のグランドホテルに入って、直ちにベッド・ルームに入った。山本氏は語る。「ラ氏は京都からの?途の汽車旅行に非常に疲労し口を利くも嫌だと云っている。汽車中絵巻物の様な東海道一帯の景色や富士山には大分感動していた。日本の労働組合が割合?発達しているにも拘らず、頻りに之を邪魔する一部階級の真意が分からぬと大分疑っている」。尚ラ氏は二十五日正午上京、帝国ホテルに行き福田徳三博士等と会見するが講演は絶対にせず、又渡米期日は未定である。(二十四日横浜電?)