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ラッセル関係書籍の検索 ラッセルと20世紀の名文に学ぶ-英文味読の真相39 [佐藤ヒロシ]

田村慶一「バートランド・ラッセルの論理的構成と言語論的構想-論理的原子論の哲学」

* 出典:『白山哲学』n.16(=「東洋大学文学部紀要」n.35=哲学科篇:1982年3月)pp.119-139.
* David Pears is a professor of philosophy, Oxford University.
* 田村慶一氏は,当時,東洋大学教員。現在工学院大学教授?



 ラッセルは,一九一八年の連続講義(a course of eight lectures delivered in London, in the first months of 1918. They were first pub. in the Monist, 1918, and reprinted in (B. Russell's) Logic and Knowledge, ed. by R. C. Marsh, 1956)に題して,自らの構想を「論理的原子論(Logical Atomism)と称した*1。これは,後に哲学研究における彼自身の端初を自ら確認するにも用いられた名称である*2。彼の哲学研究は長きに渡り,また広範に及ぶものであった。その都度の問題と他からの影響に応じて,そこにはいくつかの時期が区分されるところであろう。この講義を頂点とする時期はその初期に当たる。ラッセルが「新しい哲学*3の形成を企図するに到った時期である。当時の英国ではへーゲル主義的な観念論が支配的であり,当初は彼もその影響下にあった。これに抗してこの観念論の一元論的な性格に批判が向けられると共に,「新しい哲学」が企図されたのである。この企図は,英国の経験主義の伝統につながりながら,論理学に基づく言語分析の方法を採るものであった。哲学上の諸問題への接近は,その論理学的-言語学的な諸相の分析を通じてなされることになった。このことによって哲学に客観性を保証するということが,そこに展望されたのである。概略的に性格づければ,ラッセルの「論理的原子論」はこのような企図を担うものであった。この企図の性格はまた,時期の如何にかかわらず,彼の立場を一貫するものであったと言えよう。彼は『私の哲学の発展』を自ら概観するに際して,まず次のように約言する。「一八九九年から一九〇〇年にかけて私は,論理的原子論の哲学と,数学的論理学におけるペアノ(G. Peano)の手法とを採った。……この二年の間に起った変化はひとつの革命であった。その後の変化はひとつの進化というべきものであった*4。「革命」という語に強調されるのは,「論理的原子論」がラッセル哲学の根本ともいうべき位置を占めるということであろう。この構想に到る企図の性格がその後の展開全般を貫くものでもあったということは,「進化」という語に示峻されるところであろう。
 ラッセルの名前は現代における論理学的な諸研究,数学基礎論上の諸研究から切り離されえない。記号論理学,数学的論理学は彼とホワイトヘッドとの協同になる『数学原理(プリンキピア・マテマティカ)*5の仕事に多くを負う。ラッセルによれば*6,この仕事の目標は元来,数学基礎論にいう論理主義の見解を証することにあった。数学全体は論理学的な諸前提だけからして導出され,数学の全概念は論理的な諸概念だけを用いて定義されるということ。これを示そうとしたのである。この仕事のために様々な論理的装置や数学的技法が必要とされ,新たな記号法がその定式化の要求に応じて開拓されることになった。『数学原理』の数学的側面については遺憾にもなおざりにされてきたとして,数学的技法に強調をおいたラッセルの評言がある*7。また,数学者の必要に最もよく応ずるものの一つとみて,『数学原理』を『数学者のための論理学』*8として提示する試みもあった。しかし,ラッセルにとって,(***この部分に入るはずの言葉が脱落している***)ということからすれば,この仕事の意味はやはりあくまで哲学的なものにあったと言える。論理主義的な企図として数学の哲学に寄与すべきものであった。この企図における彼の役割も,そこで生じた哲学的問題を論理的に処理することにあったのである*9。言うまでもなく,いわゆる「ラッセルのパラドックス」がその最大の難問であった。「それ自身を要素として含まないすべての集合の集合」に関するパラドックスである。ラッセルは,この難問の解決を試みるなかで,まず一九〇五年の論文「指示について」*10を出す。ここに定式化をみたのは「確定記述(definite descriptions)」の消去に関する理論であった。いわゆる「記述理論(the theory of descriptions)」である。「これこれのもの(the so-and-so)」という(確定)記述句は,「(論理的)固有名(proper names)」に類比されない。「固有名」はそれ単独で直接に,その意味であるものを指示する。(通常にいう「固有名」はこの条件を満たさず,厳密に言えば,一種の確定記述であるとされる。)記述句は,それだけで単独には意味をもたず,ただ命題の脈絡のうちでのみ意味をもつ。ラッセルのいう「不完全記号(incomplete symbols)」*11の一つである。(確定)記述句を含む命題は,論理的には,(ちょうど一つのものが諸性質をもつ,という存在量化された)一般命題に分析される。これはもはや記述句を含まない。記述句はこの命題の脈絡のなかで,命題関数に還元されるのである。このように要約されるラッセルの「記述理論」は,F.P.ラムゼイによれば,哲学的分析に一つの範例をもたらすものであった*12。それは誰よりもまず,ラッセル自身にとってのことであったと言えよう。彼は「記述理論」の場合に倣い,これに次いで,「集合(class)」に言及している(とみえる)命題を分析した。そこには集合というものを指示する(とみえる)記号が含まれている。しかし,それも「不完全記号」である。「名目の上で集合に関する命題は,集合を定義する関数に関した命題に還元」されるのである*13。ラッセルはこの分析に基づいて,いわゆる「タイプ理論(the theory of types)」を構想した。まず,直接的には命題関数のあいだに,自己指示を禁ずるような'階層'が設けられる。命題関数は量化を許すので,ある一つの全体について自己指示が禁じられていることになる。このことを通じて間接的に集合間が'階層化'される。こうして,「ラッセルのパラドックス」のような概念構成は斥けられ,問題の解決がはかられる。ごく大まかに言えば,一九〇八年の論文「タイプ理論に基づく数学的論理学」*14はラッセルのこのような所論に依るものであった。
 「新しい哲学」が「新しい論理学」*15と携えあっていたことは,先に引いたラッセルの回想にも伺える。「大部分ペアノとフレーゲに由来する新しい論理学,これが伝統的哲学の論理学よりはるかに実り豊かなことはわかっていた」*16。これは,彼の自負するところである。上に概略された分析において,ラッセルの考察の要点は,命題の有意味性を保証する「存在(existence)」の問題にある。「現在のフランス国王」や「ロンドンの全住民」について有意味に語ることができる。ところが,それらに言及すると,記述句に対応する人間あるいは集合の存在が予想されているように思われる。ここから,存在しない人間の存在という矛盾が生ずる。また,集合はある性質を共有する諸要素からなる一つの全体である。『数学諸原理』*17でラッセルが論ずるところでは,このことから集合の存在について「一と多」の対立が生ずる。集合は諸要素からなるものとして「多」と解される。集合の「存在」が要請されるならば,集合は,なんらかの集合の要素になりうるものとして「一」である。とすれば,「一」としての集合が「多」としてのその集合そのものの要素となるような場合もありえよう。たとえば,人間ではないすべてのものの集合は人間ではない。とすれば,その集合はそれ自身の要素でなければならないことになる。集合の「存在」が許されるなら,集合がそれ自身の要素であるか否か,という問いにも意味があるわけである。このような考察から,ラッセルは集合論的なパラドックスに逢着することになったのである*18。「タイプ理論」が直接的には命題関数に関して,次いで間接的に集合に関して定式化された理由もここにある。まず集合の「存在」が処理されなければならなかったのである。さらに,「確定記述」と「集合」が「存在」の問題において通底しあっていることは明らかであろう。ラッセルは,「存在」の問題に帰謬的に対処する。これらの矛盾や対立が生ずるのは,記述句は指示表現であるとする解釈を通じて,「存在」が要請されるからである。それゆえ,この解釈は斥けられなければならない,とされるのである。これは,記述句を含む命題が有意味であるために記述句に対応するものの存在を想定する必要はない,という立場である。その想定に代えて,記述句を「不完全記号」とする分析に訴えられることになる。記述句を用いて,それと指示的に対応するとみえるものに言及することは,実際には,命題関数を満たす値について語ることである。記述句を主語としてその存在を言明することは,あるもの,ある値が命題関数を満たすと語ることである。ラッセルの「不完全記号」の議論はきわめて強いものである。少しでも内容的,内包的な意味をもつとみられる記号はすべて,「不完全記号」とされるからである。このことは通常の「固有名」に関する彼の見解に明らかである。通常の「固有名」は「語の本来的な意味」,その「論理的な意味」では「固有名」とは言えない。「実際には,記述の略記である」*19とされる。それは「不完全記号」の一例なのである。このようにして,「不完全記号」という点に訴える分析は,記号の内包的な意味がすべて汲み尽くされるまで続けられるのである。ここから逆に,「論理的な意味」での「固有名」は全く内包的な意味をもたない記号であると言える。いわゆる「論理的固有名(logically proper names)」は命題関数に還元できないのである。上述のように,ラッセルのいう「存在」は,あるものが命題関数を満たす,ということに外ならない。言い換えると,命題函数を通じてでなければ,存在を言明することはできない。それゆえ,「論理的固有名」を主語としてその存在を言明するのは無意味である,ということになる。命題のなかの記述句が完全に命題関数に還元されたとき,それを満たす値に与えられる名が「論理的固有名」なのである。記述句は,そのような命名によらずに,その値について語るために命題関数から論理的に構成された便利な表現力法とみなされる。記述句の議論の際,ラッセルはこの表現上の便宜という点を強調するために,たとえば,次のように言うことがある。「命題関数そのものは,ひとつの表現にすぎない。……それと同様に……」*20。これは,命題関数が全く表記法上のものであり,彼の見解が唯名論的であるかのような印象を与える。しかし,「タイプ理論」は第n階の命題を許し,そこに存在論的階層が前提されていた。この階層の定式化が直接的には命題関数に関してなされえたとすれば,命題関数は単なる表記法に留まるものではないはずである。集合の存在を想定する必要はないとされる場合にも同様のことが言えよう。もちろん,こうして彼のいう「命題関数」という語の意味が問題とはなろう。しかし,そのことは表記法の強調による唯名論的な印象を証することにはならないであろう。むしろ,ラッセルの関心がこれまで概略されたような意味での「存在」のパラドックスに集中されていたということであると思われる。ただ,記述句とみなされうる記号の内包的意味はすべて命題関数に帰するとしたのちも,彼はなお「論理的固有名」を要求した。このことは,彼が認識論的な関心の下で世界の究極的な構成要素を確定しようとしたということにも関連している。
 一九一四年の著作『外部世界に関するわれわれの知識』*21において,ラッセルは「物的対象(physical object)」の分析を試みた。それによれば,常識にいう「物(thing)」とは相互に類似した諸「外観(aspects)」の系列,ないし集合である。「外観」とは,(各瞬間において「物」が見られるときの)様々な視点に相関づけられている「感覚与件(sense-data)」をいう。「物の外観は実在する」*22,ところが,「物」は単なる論理的構成である。要するに,物的対象についての命題は感覚与件についての命題に還元される。ここから,物的対象に言及する命題が意味をもつために物的対象の存在が要請される必要はないとされるわけである。この分析と「確定記述」の場合との,また「集合」の場合との類似は明らかであろう。ラッセルは,「直知による知識(knowledge by acquaintance)」と「記述による知識(knowledge by description)」とを区別した。彼は,著作『哲学の諸問題』*23の冒頭において,疑うことのできないほど確実な知識(は存在するかどうか)を尋ねている。この区別はそこから要請されてきたものである。私がある対象と直接的な認識関係にあり,その対象そのものを直接意識するとき,私はその対象を「直知する(acquainted with)」。「私が存在するものを直知するならば,私の直知は私に,それが存在する,という知識を与える」*24。直知は推論を介した知識ではない。存在する対象(について)の直接的な知識として,直知は誤謬を免れた確実な知識であるとされる。感覚与件は感覚において直接に知られる対象であり,色や音や,匂い,硬さ,粗さなどのものである。たとえば,「色を見たときに私はくまなく完全にその色な知り,その色そのもののそれ以上の知識は論理的にも不可能なのである」*25。このようにして,感覚与件の知識は直知による知識とみなされ,認識論的に特別な位置を与えられることになる。これに対して,物的対象についての知識は記述による知識である。たとえば,「机はこれこれの感覚与件をひき起こす物的対象」*26である,とされる。(この記述によれば,物的対象は感覚与件の原因の一つである。『哲学の諸問題』の段階では,この点で物的対象の「存在」が必要とされていたということになる。)記述による知識はもっぱら確定記述によっている。ある特定の性質をもった対象が一つあってそれ以上はない,と知られるとき,その対象は「記述によって知られている」のである。この際ここには,その対象が直知によっては知られていないということが含まれるものとされる*27。 机のような物的対象の「存在」は直知によっては知られない。たとえその「存在」が知られるにしても,それは「推論」による外はないことになろう。ラッセルによれば,この「推論」を許すことは形而上学的とみなされなければならない。物的対象が存在するという「常識的な信念」は「ひとつの大胆な形而上学的理論化なのである」*28。ところが,そうした常識的な信念が物理学の出発点であった。物理学はそのままでは経験科学の名に値しないことになろう。物的対象を現象主義的に解釈しようとしたラッセルの試みは,ここにその理由をもつ。物的対象に関する知識が「記述による知識」である,ということを明らかにする。それによって,物的対象にまとわりつく形而上学的な存在想定を物理学から消去する。と同時に,物理学を「直知による知識」という最も強い意味での経験に,いわば「経験の固い核*29」としての感覚的経験に基礎づける。このような試みであった。
 ラッセルにあって,外部世界の構成の試みが数学に関する論理主義的な企図に倣うものである,ということは強調するまでもない。いずれも,記述句に対応するものの存在想定を不要にする論理的分析をその方法とする。この方法によって数学は論理学に,物理学は直知による感覚所与の知識に還元されて,そこに基礎づけられるべきものであった。批判的反省に最もよく耐えうるのは,「感覚の特殊な諸事実と論理学の一般的な諸真理」*30のふたつだからである。言うなれば,論理学は科学の言語を与え,直知はその言語を世界に直接させる。上述されたような「直知の理論(the theory of acquaintance)」によって,経験的に無内容な論理学の言語に内容を与えようとした。しかも,ラッセルは「最小の語彙(minimum vocabularies)」*31をもってしようとした,と言えよう。彼のいう「論理的構成(logical construction)」の方法はここに到るための一般的な方法である。想定され推論された「存在者(entities)」に名目的に言及している諸命題があるとする。そのとき,まず注目されるものは,それらの命題を真とするためにその存在者がもつべき諸性質である。次いで,もっと仮説的でない存在者の論理的関数を構成し,これが必要な諸性質をもつようにする。この構成された関数をもって,はじめの想定され推論された存在者に替える。このようにして,与えられた諸命題の新しい,もっと疑わしくない解釈が得られる,ということになる。これが「確定記述」,「集合」,「物的対象」の分析を一貫するオッカムの剃刃だったわけである。ラッセルはこの方法を,「科学的に哲学するときの最高の格率」として約言する。――「可能なところではどこででも,推論された存在者に替えるに論理的構成をもってせよ」*32
 ラッセルの哲学が現代の哲学者におよぼした影響がきわめて大きなものであった,ということはよく知られている。ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』*33の思想は,当時の彼とラッセルの議論のうちで形をなしてきたものである。ラッセルによって概略された外部世界の構成の試みは,カルナップの『世界の論理的構築』*34に直接ひき継がれた。カルナップのこの試みは,言うまでもなく,ラッセルの手になる論理的装置に多くを負うものであった。さらに,「存在するとは,変項の値であることである」*35というクワインの有名な定式がある。これは,命題関数を介してなされる存在の言明というラッセルの論点に由来しよう。今日の「分析哲学」にあって,言語の論理的分折を方法とする方向にはこのような系譜がみられる。ラッセルの哲学は,前期ヴィトゲンシュタインからの影響と相まって,ウィーン学団の運動のうちに摂取され継承された。ここにこの方向はその定位をみたと言える。「新しい論理学」を哲学の構想の場として,またその具体的な展開の手段として示しえたところに,ラッセル哲学の影響がこうしたものでありえた理由が求められよう。

 『論理的原子論の哲学』と題された一九一八年の講義でラッセルは,以上に概略された彼の哲学研究を二つの目的の下で解説した。その一つは「分析の正当化,すなわち論理的原子論の正当化」にあり,他の一つは「オッカムの剃刃」が果たすべきものにある。さらに,『論理的原子論』*36と題して一九二四年に出された解説によれば,哲学の仕事には重要な二つの部分がある。その一つは,あくまで「仮説」として提出さるべき世界の構造論である。もう一つの「最も重要な部分」は「基本的であるとみなされ無批判に受け入れられがちな諸概念を批判し,明確にすること」である*37。二つの部分がそれぞれ二つの目的の言い換えであるということは明らかであろう。世界の構造論の仮説的な性格が強調されているところに,哲学における科学的方法を求めたラッセルの姿勢が伺われる。哲学の批判的性格が最も重要視されるのは,科学から哲学を区別する本質的な特徴がそこに求められるからであろう*38。二つの解説をこのように対応させてよいなら,ラッセルのいう分析の正当化とは分析の実践ということであると言えよう。正当化の詳細な議論はなされていない。哲学の諸問題を一つ一つ「きわめて注意深く正確に」*39分析し,明確な解答に到達する,ということ。彼は哲学研究をこのように考えたが,それがそのまま分析を正当化することになるとみられた,ということであろう。とすれば,論理的原子論の正当化は世界の構造論を最終的な課題とする。ここには,先に概略されたような経験の構造に向かうラッセルの強い関心が重ねられている。この課題と関心は言語の論理的分析によって果され,満たされるものである。命題が有意味でありうるためにその存在が必要とされるものと命題を理解しうるためにその知識が要求されるもの,言語に関連づけて言えば,彼の課題と関心はこれらのそれぞれにある。分析は,言語の有意味性と言語理解の可能性を示さなければならない。さらに,彼の所論によれば,言語が哲学におよぼす影響は「構文法(syntax)」と「語彙(vocabulary)」との両面にわたる。哲学の批判的課題は,「もしわれわれの論理学が誤った形而上学に通ずるべきではないならば*40」,すぐれて言語批判的なものである。この言語批判は言語の有意味性と言語理解の可能性とに関する見解を予想する。論理的原子論の正当化も,哲学の批判的課題もそうした見解を予想するのである。ラッセルはそれを.「言語論」として組織だてたわけではない。しかし,「理想言語(ideal language)」,「論理的に完全な言語(logically perfect language)」*41に収斂する構想がある。それは右の二つのものに関する見解に基づくものであり,既述の諸分析のうちでそれとは示されなくとも援用されていたものである。その構想をラッセルの言語論的構想と呼ぶことができよう。
 論理的原子論による世界の構造論は,要点にとどめて簡単にふれておくと,次のようになる。「論理的原子論」という名称が採られたのは,この哲学の基礎とみなされる論理学が「原子的(atomic)」であるということによる。ラッセルのいう「原子(atom)」は,論理的分折において最後に残るもの,ということであり,単純であるとされる。世界内の諸事物は様々な性質をもち,あるいは互いに様々な関係にある。事実とは,事物がある性質をもつということ,ある関係のうちにあるということである。世界には事実が属しており,たとえいくら事物を枚挙しても世界は尽されえない。事実ということからみれば,一見して複雑に見える事物は事実の分析ということに帰する。複雑な性質,複雑な関係も単純な性質,単純な関係に分折される。事実のうちには,「これは白い」や「これはあれの上にある」などの命題で表現されるようなものがある。それらは最も単純な種類の事実であり,「原始的事実(atomic fact)」である。「個体(particular)」は(性質を一項関係とみれば)「原子的事実における関係の項(term)*42と定義される。単純な個体が単純な性質をもつこと,単純な関係のうちにあることが原子的事実であるということになる。また,個体かどうかは,それが単純な性質もつ,あるいは単純な関係のうちにある,ということによって決まることになろう。言語との関連で特に問題とされているのは,個体と事実の区別である。個体は論理的固有名によって名ざすことのできるものである。これに対して,事実を名ざすことはできない。事実は命題によってはじめて表現することのできるものである。また,「事実は客観的な世界に属する」*43のであり,われわれの思考や信念にはよらない。事実は命題を真または偽とするものなのである。ラッセルには,おおよそこのような世界の構造論が「一種の論理的な学説」*44として成り立つと思われたのである。
 論理的原子論は命題の論理的分析を通じて定式化されるにいたった哲学である。このことはラッセルに言語論的構想があったことを予想させる。その構想において中心的な位置を占めるのは,「論理形式(logical form)」ないしは「構造(structure)」の概念である。「論理学が哲学において基本的たるものである」*45と言われるのも,ここにその理由がある。哲学は命題の論理形式を分析することから始められるべきものなのである。哲学の基礎となる論理学は,命題とは何か,命題はどのような形式をもちうるのかを尋ねる。そして,個々の命題から論理形式を取り出し明瞭にする。この論理学は数学的論理学のはじめの部分をなすが,ラッセルはこれを哲学に直接するとして「哲学的論理学」とも呼ぶ。どの命題もいくつかの構成要素からなる。論理形式とは,ひとつの構成要素ではなくて,命題において構成要素が組合せられる仕方を言う。いくつかの命題が共通の構成要素を含むこともあれば,そうでないこともある。いくつかの命題に論理形式が共通であることもあればそうでないこともある。たとえば,「ソクラテスはアテナイ人である」と「ソクラテスは毒人参を飲んだ」とには「ソクラテス」という語が含まれる。この二つの命題は共通の構成要素を含むが,その論理形式は別である。「ソクラテスはクサンティッペと結婚した」と「コールリッジは阿片を飲んだ」という二つの命題では論理形式は共通する。しかし,どの構成要素も異なっている。また,これらのどの命題においてもその論理形式はそれぞれの構成要素のどれかと特に密接であるということもない。ラッセルは「哲学の本質としての論理学」という講義のなかで命題の論理形式にこのような説明を加えた*46。しかし,この説明だけでは論理形式のもつ哲学上の重要さは理解されない。論理形式といっても,命題のものとして言語内にとどまるだけであるとしたら,いわば世界への通路をもたないということになろう。ラッセルにとって,分析が世界の構造論に通ずるには論理形式が世界に通じていなければならない。そこには,命題とそれによって表現される事実との形式的,構造的な類似が予想されている。命題はそれ自身とは異なるものの表現として有意味である,ということ。そのためには,表現されるものの側にも命題の場合と同様に諸要素の組合わさる仕方として形式がなくてはならない,ということ。このふたつが予想されているのである。これと同時に,ある論理形式の命題を,それと相応した存在論的な形式の事実に関係づけるものが要求されているということになる。そうした意味論的な関係を通じて両者の形式が重ねあわせられることによってその一致が確定的になるのである。ラッセルによれば,この意味論的関係は命題の構成要素と事実の構成要素との関係である。上で引いた「ソクラテスはクサンティッペと結婚した」という命題を例にできよう。この命題は「ソクラテス」,「クサンティッペ」という通常の固有名と,「結婚した」という動詞を構成要素としている。これに対して,この命題で表現される事実はこれら三つの語にそれぞれ対応する二人の人間と一つの関係からなるというのである。要するに,命題の諸要素とその命題によって表現される事実の諸要素とが一対一に対応づけられるとされる。このような諸要素からなるものとして事実は「複合(complex)」である,と言われる。クワインは,「指示の理論(the theory of reference)」と「意味の理論(the theory of meaning)」との区別を強調した*47この区別にしたがえば,ラッセルのいうこの意味論的な対応づけは「指示の理論」のひとつである。ただし,命題の要素はその命題の表現する事実の要素を「指示する(denote)と言うとき,ラッセルはそこに論理語を含めていない。否定,選言,連言,条件などを表わす語や記号は真理表の方法でのみ解釈され,世界のうちに対応するものをもたないのである。命題と事実との「構成部分(component)」を暫定的に定義して,彼は次のように言う。「命題の構成部分とは,その命題を理解するために,われわれが理解しなければならない諸記号である」。「命題を場合に応じて真または偽にする事実の構成部分とは,その命題を理解するために,われわれが理解しなければならない諸記号の意味である」*48ここで注意されるラッセルの論点はもちろん,事実の構成部分が,命題を構成する諸記号の「意味(meaning)」と同一視されているということである。クワインの場合,「意味」と「指示」とが区別され,「意味の理論」への疑念が言われていた。ラッセルの場合,「意味」と「指示」とは区別されるよりも,むしろ同一視されたと言えよう。しかし,単なる同一視,というには当たらない。そこには,彼が「言語をばひとつの自律的な領域として扱う人々にはどうしても同感しえなかった」*49ということがあるからである。このようなラッセルの指示理論によれば,命題を構成する記号にはそれの指示する対象が必ず存在しなければならないことになる。言うまでもなく,その対象がないとは,すなわち「意味」がないということに外ならないからである。ラッセルは以上のようにして命題の有意味性を把えたのである。命題は,指示をもつ諸記号がなんらかの論理形式で組合さるということによって有意味である。その場合には,「いつも事実とその記号との間に構造の基本的な一致がある,ということになろう」,「世界には客観的な複合性があって,それは諸命題の複合性のうちに反映されるのである」*50。要するに,このようにして事実と命題との間に成立するのはいわゆる「同型的(isomorphic)」な関係なのである。
 論理形式に関して上で概略したことから,論理形式の哲学的な重要性は命題と事実との間の「同型性(isomorphism)」にあると言える。その場合,形式を論理的というも存在論的というもひとつであることになろう。それゆえ,ラッセルのいう分析は命題の論理形式を尋ねるのである。この問題の重要性に気づいたのは,彼がライプニッツの哲学を研究したときであるという。このライプニッツ研究は,主語述語の論理学だけに基づいた形而上学の批判的再構成であったからである。また,同じ頃彼が「ペアノの手法」を採って「関係の論理学」を研究したからである。これらの研究を通して,彼は当時のへーゲル主義的な観念論を脱することができた。彼のいう「革命」の時期は論理形式の発見のときであるといえよう。ここにまた,次のように言われる理由があろう。「すべての健全な哲学は諸命題の分析をもって始めるべきである,ということはごく明白な真理であって,証明をも要しないであろう」*51。すでに見てきたように分析の正当化がむしろ分析の実践に求められていたとすれば,この引用にはラッセルの基本的な哲学観が示されていると言える。数十年後にも彼は次のように言う。「分析することは,ものをゆがめて見ることにはならぬ」*52。だから「ただ分析によってのみ進歩は可能であると今でも固く信じている」*53。「哲学の仕事は…・・・本質的に,論理的総合に継がれる論理的分析の仕事である」*54という彼の哲学観は終生変わることのなかったものなのである。
 ところで,この哲学の仕事の最も重要な部分は批判的な,それもすぐれて言語批判的なものであった。ラッセルが分析の哲学観をもつに至ったのは,主語述語の論理学だけに基づいた形而上学の批判を通してである,ということがここで注意される。言語批判的な仕事ということにみれば,二つの課題の一方を果した,少なくとも主題化したと言えるからである。彼は,まず哲学に及ぼす「構文論の影響」を自覚して,その克服を課題とするようになったのである。彼が数学の哲学と数学的論理学からして一般的な哲学的諸問題に立ち至ったということを考えてみれば,このことはうなづける。数学と論理学の基礎論的研究は形式主義的に特徴づけられる諸構造に向けられているからである。ところで,ここで注意されるのは,なぜラッセルが「確定記述」,「集合」を問題にしなければならなかったのか,ということである。逆説的ではあるが,それはラッセルがまさに論理形式と指示理論に基づいていたからである。つまり,これらによれば,ある論理形式において命題の構成部分とみなされる記号は必ずなにか存在するものを指示しなければならない。実際,『数学の諸原理』においてラッセルは論理形式と指示理論からのこの帰結をそのまま主張している,「人間,瞬間,数,集合,関係,キマイラ,その他の言及されうるどんなものでも」「論理的主語」である。それらはすべて「一として数えられうるもの」,「存在(being)を有する,すなわち,何らかの意味で存在する(is)ものである。「或るこれこれの」ものがこのような「存在する」ものであることを「否定することはつねに偽でなければならない」*55。また,固有名と同様,形容詞も動詞も何らかのものを指示するとされる。ラッセルは,主語述語形式の論理学とみなされた当時のへーゲル主義を脱したとき,「一種のプラトン的な多元論」*56の立場を採ったのである。この立場をさらに脱していこうとしたとき,問題となってきたのが「確定記述」と「集合」であった。その際,単に何らかの意味で,というよりも,現実にという意味での存在がこの両者について問題にされていた。存在しない人間の存在の問題も,それ自身の要素であったりなかったりする場合の集合も,いわば同じ存在レベルで生ずるのである。ラッセルの解決については既述してあるのでくり返さない。ここで注目されるのは,彼の解決に「不完全記号」という記号解釈が援用されているということである。まず,既述のラッセルの指示理論にとって命名の場合が範例的である。固有名は,もちろん,その指示対象と一対一に対応づけられているのが理想である。固有名の「意味」はこの一対一の対応で決まるものとして命題内の他の記号から独立して「意味」をもつ。「現在のフランス国王ははげである」という命題で,確定記述はなんらかの固有名でおきかえられる。また,確定記述の中の「国王」などを名詞でおきかえることもできる。ここで論理形式と指示理論に訴えるより外はないとすれば,この命題は主語述語形式のものであることは確定してしまう。その際「現在のフランス国王」という確定記述は固有名と類比されることになろう。論理的には固有名として扱われるのである。論理形式と指示理論だけによっては確定記述の内部にまで分析が届かない。ここに「存在」の問題が生じてくる。そこで,ラッセルは「不完全記号」という記号解釈を提出する。この記号解釈によれば,「不完全記号」とは,「孤立しては絶対にどのような意味ももたず,ただ文脈のうちでのみ意味を獲得する」*57ような記号である。「孤立しては意味をもたない」とは,もはや固有名に類比されず指示理論に拘束されない,という意に解される。「意味を獲得する」とは,既述のような仕方で論理的に構成される,という意に読まれる。「文脈のうちでのみ」とは,構成の際,命題全体の真理条件を考慮しなければならない,という意に解される。不完全記号の分析は,命題全体が有意味であるという条件の下でその不完全記号が消去されるような解釈を与える,ということになる。その分析は,言ってみれば,命題の見かけ上の形式にとらわれずに,その真理条件を明示的にするわけである。その真理条件を表視する命題の形式が,はじめの命題の本当の形式であるとみられる。「ラッセルの功績は,命題の見かけ上の論理形式がその本当の論理形式である必要はない,ということを示したところにある」*58,とヴィトゲンシュタインが言った点である。不完全記号の分析はラッセルのいう論理的構成によってなされ,構成されたものは「論理的虚構(logical fiction)」*59とも呼ばれている。「ひとつの複合物について言いうることはすべて,その複合物に言及することなしに,ただそれの諸部分と諸部分相互の関係とを述べることによって,言いあらわしうる,という原理」*60がここに含まれている,この原理は「原子性の原理」としてヴィトゲンシュタインに帰されているものであり,分析可能性への確信を表わすという*61。「原子性の原理」を含む論理的構成を究極まで押し進めたとき,そこに得られるのはラッセルのいう「原始的命題(atomic proposition)」である。分析は原子的命題で終る。命題の論理的分析は命題の純然たる形式的構造としての論理形式を取り出すことから始まった。次いで,命題の真理条件の分析に基づく不完全記号の分新として続けられる。そして,この分析が原子的命題に至るならば,そこにはもはや不完全記号はない。このことから,原子的命題は論理形式と指示理論だけで完全に確定される命題であるということになる。原子的命題は原子的事実を直接に表現する。原始的命題を構成する諸記号は原子的事実の構成部分に対応する。そのうち個体を指示する記号が論理的個(固?)有名である。ここに至ってラッセルの論理的分析は終ることになる。なぜなら,論理学者は,現実の世界にうちで論理的固有名の意味であるものとして実際にどのような個体が見つかるのか,という経験的な問題には係わらないからである。論理的分析がおよぶ限りでは,論理的個有名は何らかの言語のうちで,個体と同様に単純なものとしての役割をもつというに留まるのである。
 言語の論理的分析は不完全記号の分析を通して終局に至るとラッセルには確信された。論理的原子論は見かけ上の論理形式から本当の論理形式へという,不完全記号の分析から生じた展望のうちで構想されたものである。その際,不完全記号の分析が果した役割は,論理形式と指示理論だけでは立ち入ることのできなかった「語彙」にまで分析を進めることであった。「語彙の影響」を受けて採ることになった「プラトン的な多元論」を,このようにして克服し,ラッセルは論理的原子論の立場を提示しえたのである。哲学におよぼす「構文論と語彙の影響」を自覚できたのも,いわばそれと同時に彼が「理想言語」,「論理的に完全な言語」を構想したことになるからだと言えよう。「論理的に完全な言語においては,すべての単純な対象にそれぞれを指す語が一つあって,一つより多くはないだろう。そして単純でないものはどれもいくつかの語の組み合わせで表現されるだろう……この種の言語は完全に分析的なものとなり,肯定または否定される諸事実の構造をひと目で見せることだろう*62」。論理的分析が徹底して進められるならば,このような言語に到達しうるとみなされたのであって,もちろん,日常言語はこのような特徴をもってはいない。日常言語は日常生活の役に立つべきものであって,その場合,論理的に完全ではありえない。「論理的に完全な言語」は哲学的に要請される論理的分析のための言語である。論理的分析のための言語が『数学原理』の言語である。ただ,その言語はまったく語彙をもたず,その補完によって「論理的に完全な言語」になるのである。ラッセルはその語彙がどのようなものになるかを検討している。そのために,まず「論理的に完全な言語」が得られたものとして,論理的固有名が問題とされる。この点で指示理論が前提されることになる。さらにこの検討は論理的分析を出て,認識論的な分析に移るものである。論理的固有名を理解するには,何を知らなければならないか,ということが問題とされるからである。ラッセルの指示理論によれば,論理的固有名の「意味」とはその固有名が指示する対象そのものである。このことは,論理的固有名を理解するにはその「意味」である対象そのものを知らなければならない,ということである。ところが,論理的固有名は原子的命題の部分をなしているのでそれ以上分折できない。論理的固有名は記述によってはもはや定義できないということである。したがって,論理的固有名はその「意味」としての対象そのものを与えて定義する外ない。われわれに対象そのものが与えられるとすれば,「直知」による外はない。したがって,論理的固有名の「意味」は「直知」によって知られる対象である。このことから,通常の固有名は論理的固有名ではないことになる。たとえば,「ソクラテス」という通常の固有名が名ざす人間は直知されないからである。論理的固有名の例としてラッセルが挙げているのは「これ」,「あれ」という指示語である。論理的固有名は記述を介さず直接に対象を指示する語だからである。「これ」や「あれ」という語が指示するのは,ある人がある時点で直知する感覚所与である。したがって,人が違えばその「意味」は同じではないし,一刻一刻の直知の対象しか「意味」しない。しかし,論理的固有名でありうるのはそのような指示語である。このような考察からラッセルは,「論理的に完全な言語」の語彙は大部分話し手だけのものになるとみている。しかし,ラッセルのこのような試みは論理的分析の最後に残る「最小の語彙」に「経験の固い核」*63によって内容を与えてみようとするものであったことが注目されるのである。

 以上において,論理的原子論の時期に眼って,ラッセルがおこなった三つの論理的構成をまず概略した。そこからラッセルの哲学において「不完全記号」という記号理解が中心的であることがわかる。次いでこの記号理解,ラッセルのいう「論理形式」,記号の「意味」が言語批判的な連関をたどって「理想言語」の構想に至ることを明らかにしようとした。


[註]

(01) 'The Philosophy of Logical Atomism.' 1918. Cf. 'Logical Atomism.' 1924.
(02)『私の哲学の発展』野田又夫訳,みすず書房,p.8.
(03) 同,p.67.
(04) 同,p.8.
(05) 'Principia Mathematica.' 1910-1913.
(06)『私の哲学の発展』,p.95.
(07) 同,p.110.
(08) J. B. Rosser; 'Logic for Mathematicians.' 1953.
(09)『私の哲学の発屡』p.94.
(10) 'On Denoting.' 1905.
(11) 'The Philosophy of logical Atomism' in 'Logic and Knowledge.' 1956, p. 253.
(12) F. P. Ramsey; 'The Foundation of Mathematics.' 1931, p.263n.
(13) B. Russell; Introduction to Mathematical Philosophy.' 2nd ed. 1920. p. 193.
(14) 'Mathematical Logic as Based on The Theory of Types.' in 'Logic and Knowledge.' p.59.
(15) B. Russell; 'Our Knowledge of the External World' revised ed 1926, p.63.
(16) 'Logical Atomism.' in 'Logic and Knowledge.' p. 324.
(17) 'The Principles of Mathematics.' 2nd ed. 1937. p.76.
(18) ibid. p.102.
(19) 'Philosophy of Logical Atomism', pp.200-201
(20)『私の哲学の発屡』p.104.
(21) 'Our Knowledge of the External World.' 1926.
(22) ibid. p. 96.
(23) B. Russell; 'The Problems of Philosophy.' 1912. p.l.
(24) ibid. p.23
(25) ibid. p.25.
(26) ibid. p.26.
(27) 'Philosphy of Logical Atomism', p.202.
(28) 'Our Knowledge of the External World.' p.107.
(29) 『私の哲学の発屡』p.218.
(30) 'Our Knowledge of the External World.' p.78.
(31) 『私の哲学の発展』p.218.
(32) 'Mysticism and Logic.' 1918. pp. 148-149.
(33) L. Wittgenstein; 'Tractatus Logico-Philosophicus.' 1921
(34) R. Carnap; 'Der logische Aufbau der Welt.' 1928.
(35) W. v. O. Quine; 'From a Logical Point of View.' 1953. p.15.
(36) 'Philosophy of Logical Atomisim' p.270.
(37) 'Logical Atomism', p.341.
(38) 'The Problems of Philosophy.' p.87.
(39) 'Logical Atomism.' p.324.
(40) ibid. p.331.
(41) 'Philosophy of Logical Atomism'. p.199. 'Logical Atomism', p.338.
(42) 'Philosophy of Logical Atomism.' p.199.
(43) ibid. p.183.
(44) ibid. p.179.
(45) 'Logical Atomism.' p.323.
(46) 'Our Knowledge of the External World.' pp.5O-53.
(47) 'From a Logical Point of View' p.130f.
(48) 'Philosophy of Logical Atomism.' p.196.
(49)『私の哲学の発展』p.12.
(50) 'Philosophy of Logical Atomism.' p.197.
(51) B. Russell; 'A Critical Exposition of the Philosophy of Leibniz.' 1900. p.8.
(52)『私の哲学の発展』p.82.
(53) 同上,p.13.
(54) 'Loglcal Atomism.' p.341.
(55) 'The Principles of Mathematics.' pp.43-44.
(56) 'Logical Atomism.' p.331.
(57) 'Philosophy of Logical Atomism' p.253.
(58) 'Tractatus Logico-Philosophicus.' 4.0031.
(59) 'Philosophy of Logical Atomism' p.191.
(60)『私の哲学の発展』p.200.
(61) 同上,p.149.
(62) 'Philosophy of Logical Atomism' pp.197-198.
(63)『私の哲学の発展』p.218.