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鈴木康司「牧野力(著)『ラッセル思想と現代』(研究社,1975年刊)(について)

* 出典:『早稲田学報』1975年4月号、p.44.
* 鈴木康司氏(1909?~?)は、当時、早大理工学部教授(昭和8年、早大文・西洋哲学卒/専攻は異なるが、牧野力氏と早大文学部の同期)

 著者は多年、ラッセルに傾倒し、すでにラッセルの訳書、研究論文多数を著わし、日本バートランド・ラッセル協会の設立と運営に尽力してきた、ラッセル研究家である。バートランド・ラッセルについてはいまさら述べるまでもないが、数学・哲学・論理学のほか、人生論や社会科学など多方面にわたる書物60余冊の著者であり、それのみならず強力な反戦運動を展開し、90歳の高齢で核禁止運動の陣頭指揮を行ない、ために2回にわたって投獄の憂き目をみた。だがまたイギリス最高の栄誉たるメリット勲章やノーベル文学賞を授与されるなど、多彩な生涯を送り、1970年97歳で死去したイギリス名門貴族である。
 本書は数学者・哲学者ラッセルではなく、人生論・社会科学の探究者として、また政治面・社会面での実際的活動家としてのラッセルに照明を当て、そこに統一的ラッセル像を打ち出そうとした労作である。

 著者はまず序論としてラッセルの長い生涯を概略述べ、波乱に富んだ生活をいきいきと描き出している。本論第1部の「個人と人生」においては、ラッセルの独創的な教育論、幸福論や、性・恋愛・結婚に関するラッセルの思想を著者は平明な文章によって伝えている。また『なぜ私はキリスト教徒でないか』の著者であるラッセルの独自の宗教観についても行きとどいた叙述がみられる。
 第2部「個人と社会」においては「私は・・・最も熱烈なマルクス主義者に劣らず、信念ある社会主義者である・・・」とするラッセルの社会主義観を述べ、またラッセルのソ連観と中国観を説いている。とりわけその著『中国の問題』(1922年)において述べられている事柄が50年を経た今日でも斬新さを失わず、僅かの点を除いてそのまま当てはまることに著者は感嘆し、ラッセルの見方の先見性を指摘している。
 第3部「個人と世界」においては、書斎人・学究者としてでなく、実践家・行動人としてのラッセルをその時の政治情勢を踏まえて述べ、ラッセル=アインシュタイン宣言、アイゼンハウアーとフルシチョフヘの公開状、核兵器運動のことなどを興味深く説いている。

 誰しも偏見や先入観を抜けきることは困難であるが、ラッセルはその資質と修練によるのであろう、何ごとによらず先入観にとらわれないで、ものの真相を看破する異常な才能の持ち主であり、また複雑な要素の絡みあった問題を簡単な要素に分析し、適切な比喩を用いて、あざやかに解明することに長じているが、牧野教授は多年ラッセル研究に打ち込んできただけに、ラッセルのこうした点をとらえ、これを読者に伝えてくれる。氏の語る言葉のはしばしにも、ラッセルに対する理解の深さとこまやかさが感じられる。
 巻末に添えられたラッセルの著作名、年譜、日本および外国におけるラッセル研究書目・ラッセル関係団体名など、詳しい記載はラッセルに関心をもつ者にとってはありがたい。これまた、著者の多年にわたる努力の成果である。(松下注:鈴木教授は勘違いされているが、巻末の文献リストは、本書p.279に紹介されている,松下彰良編『バートランド・ラッセル関係書誌(日本版)』からの抜粋です。)