(往復書簡「バートランド・ラッセル卿から碧海純一教授へ」
* 出典:『東京新聞』1964年1月3日付第3面掲載
*[ラッセル平和財団= Bertrand Russell Peace Foundation]
○創立年 1963年
○後援者 マックス・ボルン(ノーベル物理学賞)、ボイド・オア卿(ノーベル平和賞)、パブロ・カザルス(チェリスト)、ジャワハラル・ネール(インド首相)、アルバート・シュワイツアー(ノーベル平和賞)、その他
○理事 ラッセル伯爵夫妻その他
○目的 ラッセル卿が今まで個人的に行ってきた核兵器禁止運動その他の人道主義運動を、いっそう強力かつ広範囲に展開。そのための資金を世界各国の団体や個人からつのる。募金額はどんなに少額でもよい。
具体的な活動方針は、「軍縮」「核戦争」「化学戦・細菌戦」「核兵器に伴う偶発事故」「通信の公的・私的統制」「冷戦と通信」「共存」「平和協力」「国連」「中立国の役割」その他の関連する問題についての研究の援助。公正な報道をめざす機関紙の発行。核戦争の恐ろしさ(の認識)を徹底させるための映画の制作。独自の放送局を設け、核軍縮促進のため、数カ国語で放送すること、その他。
なお、国連のウ・タント事務総長も、この平和財団を全面的に支持し、その成功を期する旨のメッセージを寄せている。
○ラッセル平和財団の住所:
3 & 4 Shavers Place, Haymarket, London, SW1, England.
世界の危機を救うもの(下)
-個性なくした現代人、機械化社会が人格を軽視-<碧海純一教授へ(ラッセル卿より)
最近設立された平和財団(「バートランド・ラッセル平和財団」のこと)の開係の仕事に忙殺されていたために、ご返事がおくれて申しわけありませんでした。この平和財団についての資料を同封します(上記注参照)。ひろい範囲の個人からの募金によって、財団のための財政的支持を得たい、というのが私たちの希望です。これは、大口募金と並行して行なうつもりです。この方法で、従来よりもさらに大きな目標の達成を早めることができると私は信じています。財団に財政的援助を与えて下さる方々が日本におられるなら、知らせて下さい。パンフレットをお送りします。
目下のところ、私の執筆は、核戦争と平和の見とおしの問題に限局されざるをえません。そこで、あなたのご質問にたいしても、つぎのようにお答えします。
現代に特有の道徳の退廃や破壊的風潮が生じたのは、決して、人々が合理的・科学的態度をとるようになったことの結果ではありません。また、既成宗教とむすびついた伝統的道徳やしきたりが、蛮行をなくしたり、人権尊重の気風を高めたりすることにそれほど役に立つとも思われません。あなたの指摘されるような現代の兆候を生んだものは、主として、近代技術であり、また、巨大で非個性的な機械化社会における個人人格の軽視であります。科学的精神は、いろいろな選択可能性の合理的な検討を特色とするものですが、じつは他でもない、この精神こそ、右のような成り行き(すなわち、現代社会における個人の経視)の第一の被害者なのです。少なくとも、科学的精神が、この成り行きのあらわれではないことだけはたしかです。
価値の諸問題は、形而上学的信念体系に依存するものでもなく、また合理的思考体系から生ずるものでもありません。価値の諸問題は、気質の問題であります。
人類絶滅の危険は、個人行動および社会行動にたいする各個人の責任感の欠如から生じたものです。合理的・科学的思考は、人々に責任を自覚せしめるけれども、伝統的な(価値)体系にたよることは、責任を棚上げしたいという気持ちを人々に起こさせるものだ、というのが私自身の考えです。現代の破壊的風潮と道徳的退廃の主な原因は、私の見るところでは、伝統的な宗教上の信仰が衰えたことでもなく、また(一部の人がいうように)合理的思考が普及したことでもないと思われます。その原因は、現代人が自分の想像力では理解することもできず、みずからコントロールすることもできないような、非個性的機構に従属していることです。
私がのべた考えについては、私の著書『宗教と科学』(Religion and Science, 1935)および『科学が社会に与えた影響』(The Impact of Science on Society, 1952)を見ていただければ、もっとくわしい分析がしてあります。
人間の知識と幸福とのためのあなたがたの努力を多としつつ――(ウェールズ、メリオネスにて)
【注】ラッセル卿は、合理主義者ではあるが、「正義」とか「善」のような価値をも科学によって基礎づけうると考えるような、極端な科学主義はとらず、価値の問題は結局、科学以前の人間の心情の問題であり、科学のおもな役目は、人間がみずから選択した目標を実現するために必要な手段を示すことにあるという見解をとる。かれは既戒宗教にたいしては批判的であるけれども、現代の世界がキリスト教の重んずるような隣人愛、同胞愛をもっとも必要とすることを強調している。また、巨大な社会機構の中で個人の個性や創意が無視されていることを現代の不幸の根源と見るラッセルの考え方は、『権威と個人』(Authority and the Individual), 1959)でも詳しく述べられている。