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バートランド・ラッセル 宗教と科学 第9章(松下彰良 訳)- Religion and Science, 1935, by Bertrand Russell

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第9章 科学と倫理 n.10 - 価値情緒説の帰結

 この説(価値「主観性」説/価値情緒説)の帰結(consequences 結論/結果)は重大である(considerable かなりの)。第一に、なんらかの絶対的な意味で「」というようなものはまったく存在できなくなる。(即ち)ある人が「罪」と呼ぶものを他の人は「徳(美徳)」と呼ぶかも知れないし、また、彼らはお互いにこの(意見の/感情の)相違のために嫌悪し合うかも知れないけれども、どちらも知的誤謬(の廉で)で相手に有罪判決を宣告することはできない(注:convict A of B:AをBの廉で有罪とする)。(その説では)処罰(罰を課すること)は,当該犯罪者が「邪悪である」という理由で正当化することはできず、他の人々が思い止らせたいと願うやり方で(その人が)行動をしたという理由にもとづいてのみ正当化できる。(この説では)罪人に対する処罰の場としての地獄は、全く不合理な(非理性的な)ものになる。

 第二に、宇宙の目的(の存在)を信ずる人々の間で一般的である(晋通に行なわれている)価値について語る方法を支持することは不可能である(不可能となる)。彼らはこう論ずる。(即ち)(これまで)進化してきたある一定のものは「善(善いもの)」であり、従って、世界は倫理的に賞賛すべき目的を(これまで)持ってきたに違いない(と)。主観的価値(観)の言葉では(価値は主観的なものであるという観点から言うと)、この議論は次のようになる。「世界に存在するある一定のものは我々(人類)の好みに合っている。従って、それらのものは我々と同じ好みを持った存在(=我々の神)によって創造されてきたに違いない。それ故、我々と(同様の)好みを持った存在(である神)(Whom)を我々もまた好むのであり、ゆえに,そういった存在(神)(Who)は善である」。ここにおいて、もし好き嫌いをもつ被造物(creatures 神によって創造されたもの)が存在するとすると、それらの被造物が自分たちを取り巻く環境の「ある(一定の)」ものを好むことはかなり確実であると思われる。なぜなら、そうでなければ、生きてゆくことは耐えられないであろうからである。我々(人間)の価値(観)は、その他の我々(人間)の構成物(価値観以外のあらゆるもの)とともに進化してきたのであり、何らか根源的な目的については、我々の価値観が(現在)どうであるかということ(事実)からは何も推論することはできない(のである)。

Chapter 9: Science and Ethics, n.10


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The consequences of this doctrine are considerable. In the first place, there can be no such thing as "sin" in any absolute sense ; what one man calls "sin" another may call "virtue," and though they may dislike each other on account of this difference, neither can convict the other of intellectual error. Punishment cannot be justified on the ground that the criminal is "wicked," but only on the ground that he has behaved in a way which others wish to discourage. Hell, as a place of punishment for sinners, becomes quite irrational.

In the second place, it is impossible to uphold the way of speaking about values which is common among those who believe in Cosmic Purpose. Their argument is that certain things which have been evolved are "good," and therefore the world must have had a purpose which was ethically admirable. In the language of subjective values, this argument becomes : "Some things in the world are to our liking, and therefore they must have been created by a Being with our tastes, Whom, therefore, we also like, and Who, consequently, is good." Now it seems fairly evident that, if creatures having likes and dislikes were to exist at all, they were pretty sure to like some things in their environment, since otherwise they would find life intolerable. Our values have been evolved along with the rest of our constitution, and nothing as to any original purpose can be inferred from the fact that they are what they are.
(掲載日:2019.2.22/更新日: )