バートランド・ラッセル「権力の倫理」
* 原著:Power; a new social analysis, 1938, chap. 1* 出典:牧野力(編)『ラッセル思想辞典』
権力の倫理学は権力の種類を正と不正とに区分するだけでは無意味である。 欲望の対象には、万人が共に楽しめるものと、楽しむ者が社会の一部だけに限られるものとがある。
誰でも皆ある程度の権力をもつから、権力をもつ人間の究極の目的は、対象を個人や集団に限定せずに、全人類の間にまで広げ、社会的協力を促進させるようなものであるべきである。目下、この目的への主な障害は非友好的な感情と他人の上に立ちたいという欲望である。この感情は直接、宗教と道徳により減少させ得るし、間接的には、現在この感情を刺激している政治的、経済的状況を除去すれば減少させ得る。 特に、国家間の権力争いとこれに関係する国家的大企業の富の争奪などがこの種の最大の障害である。これらへの障害対策は互いに相補的で共に必要である。
過去に最も権力をもった人物を四人選ぶとすれば、 私は仏陀とキリストとピタゴラスとガリレオを挙げる。 四人は皆国家の援助を受けずに、自力で大きな成功を収めた。四人は皆、生存中に成功を見ていない。仮りに彼らの一義的な目的が権力にあったとすれば、あれほど大きな影響を人間に及ぼさなかったであろう。彼らの求めたものは人間を奴隷化するものではなく、人々を解放するものであった。仏陀とキリストの場合は、軋轢の源である煩悩を鎮め、隷属と屈従を覆えす道を教えた。 ピタゴラスとガリレオは、自然力制御の道を教えた。
人々を心服させるものは、究極的には暴力ではなく、幸福と精神の内と外の平和、そして人間の生きる世界についての理解など、人類共通の欲求を満たす知恵である。
... If I had to select four men who have had more power than any others, I should mention Buddha and Christ, Pythagoras and Galileo. No one of these four had the support of the State until after his propaganda had achieved a great measure of success. No one of the four had much success in his own lifetime. No one of the four would have affected human life as he has done if power had been his primary object. No one of the four sought the kind of power that enslaves others, but the kind that sets them free -- in the case of the first two, by showing how to master the desires that lead to strife, and thence to defeat slavery and subjection; in the case of the second two, by pointing the way towards control of natural forces. It is not ultimately by violence that men are ruled, but by the wisdom of those who appeal to the common desires of mankind, for happiness, for inward and outward peace, and for the understanding of the world in which, by no choice of our own, we have to live.