モスクワに平身低頭?(『拝啓バートランド・ラッセル様』所収書簡)
* 出典:R.カスリルズ、B.フェインベルグ(編著),日高一輝(訳)『拝啓バートランド・ラッセル様 - 市民との往復書簡集』
目次
・・・。私は最近、あなたの著作からのある
引用文を読みましたが、それには、あなたがあなたの愛する英国を水爆攻撃にさらすよりは、むしろ喜んで平身低頭して(←腹ばいになって)モスクワ(ロシア)に降参するとありました。あなたは何年間も知的白痴のようにふるまってきたのだから、そのようなことをあなたが言っていると聞いても、私は驚きはいたしません。偉大な愛国者や勇敢な人々を輩出したことで歴史的に有名な偉大な国家(英国)が、--恐怖の心理から「いかなる犠牲をはらっても平和を」というようなことを言い、ついには全面的降伏を言うような--あなたのような人間を生み出すことができたとはまことに残念なことです。あなたは、愛国的な同胞の幾人かから、勇気をもらう(→彼らの'爪の垢'でも煎じて飲む')といいでしょう。・・・。
(ラッセルからの返事・1960年9月6日)
拝 復
あなたのお手紙は下品な悪口雑言だらけです。私はモスクワ(ロシア政府)に平身低頭している(← モスクワまで腹ばいになっていく)という発言は、もしそのような言葉を私がかつて言ったというのなら、それは私の敵が捏造したものです。それにもかかわらず、そのような'偉業'(= (← モスクワまで腹ばいになってゆくこと)を88歳の私に可能で、核兵器による差迫った破壊から、私の同胞あるいはいかなる人間でも、護るために何か効果的なことができるとすれば、私はそうするように努力するでしょう。ただし、私はワシントン(米国政府)にもまた平身低頭しなければいけないでしょう。人類の絶滅という事態が近い将来にくる可能性が非常にあるということは、多分に、硬直した独断家たちの、怒りにより閉ざれた精神のせいだと私には思えます。
敬 具 バートランド・ラッセル
* compatriot:同胞
Sir, (Sept. 6, 1960)
Your letter consists of vulgar abuse. The remark about crawling upon my belly to Moscow is an invention of my opponents, if it has ever been made at all. Nonetheless, if I thought that such a feat were within my powers at the age of eighty-eight and would have any effect towards preserving my compatriots, or any human
beings, from the imminent destruction by means of nuclear warfare, I should endeavour to do it, though I fear that I should also have to crawl to Washington. That the extinction of the human race is all too likely to come about in the near future seems to me to be owing largely to the angrily closed minds of rigid dogmatists .
Yours sincerely
Bertrand Russell
(From: Dear Bertrand Russell; a selection of his correspondence with the general public, 1950 - 1968. Allen & Unwin, 1969.)