「バートランド・ラッセルは悔い改めたか?」
・・・。随分前の話ですが、私はかつて--貴方が中国で講演旅行をされている時に--私と同じ宗派の信徒で中国にしばらく滞在していた人と会う機会がありました。私の記憶によれば、その人の話は次のようなものだったと思います。先生は病気になって、中国のキリスト教系の病院に長いこと入院されました。先生は危篤状態でした。……。危篤状態を脱し、しだいに快方に向かい始めたとき、先生は大いに懺悔し(with great pentience)、宣教師でもある担当の看護婦と語りあって、自分が全東洋の学生の宗教的信仰心を引き裂いてしまった所業を、はたして神はかつて許したことがあるか、あるいは許すことができるものか、それについて彼女はどう考えるか、質問なさったとのことです。・・・。→『拝啓バートランド・ラッセル様』目次
(ラッセルからの返事・1950年11月24日付)
拝復 リッピンコット様、
お手紙ありがとうございます。私は、1921年に始まり、今ではとうに消えてしまったと思っていたまったく架空の物語が、再び現われてきたことに興味を感じています。
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とにかくこの種の物語は、つねに不信仰者について流布されるのです。あなたもお気づきのことと存じますが、バーナード・ショーが彼の死の直前、意識不明になったとき、その地方の英国国教教区牧師が、ショーがもはや彼を追い出すこともできない容態になったことを知ってから大急ぎでやって来ました。そして、ショーは、信心深い、有意義な教訓に富んだ最期を遂げたと世界に偽って主張しました。
敬具 バートランド・ラッセル
Dear Mr Lippincott.
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... she had great struggles with her conscience on the ground that she thought it her duty to let me die, although professional instinct proved too strong for this virtuous impulse. ...
... You may have noticed that when G. B. Shaw became unconscious shortly before his death the local Anglican Parson rushed round knowing that Shaw was no longer in a positon to turn him out and pretended to the world that Shaw had made a pious and edifying end.
Yours sincerely
Bertrand Russell
(From: Dear Bertrand Russell; a selection of his correspondence with the general public, 1950 - 1968. Allen & Unwin, 1969.)