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ラッセル「政治的に重要な欲求 -ノーベル文学賞受賞記念講演 1950年12月11日,ストックホルム」n.5 - What Desires Politically Important? 1950

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 しかし,所有欲資本主義制度の主要な源泉ですが,飢えを克服した後も生き残る動機のうちで一番強力なものでは決してありません。競争心(対抗心)はもっとより強い動機です。回教徒の歴史において,何度も繰り返し,(イスラムの)王朝は倒れましたが,それは,母親が異なるサルタンの息子たちの意見が一致せずに,その結果起こった内乱で,全面的な破滅が生じたからです。(注:主婦の友社から出されたノーベル文学賞全集・第22巻に収められた大竹勝訳では「回教史のなかで,何回となく,サルタンの息子たちのそれぞれの母親が不和となったことから・・・」と訳されている。しかし、「回教」という宗教の歴史ではなく「回教徒」の歴史のことであり、また,不和(意見が一致しなかったのは母親同士ではなく息子たちである,つまり主語を取り違えており、残念ながら読者に誤解を与える訳になってしまっている。)
 同じ種類のことが近代ヨーロッパでも起こっています。英国政府が,とても愚かにも,スピットヘッド(Spithead)における観艦式に参列するようにカイゼル(注:ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世)を招いた時,彼(カイゼル)の心にわき起こった考えは我々英国民が意図していたものではありませんでした。彼が考えたのは「私(吾輩)も,おばあさま(注:英国のビクトリア女王)の海軍に負けない海軍を持たなけらばならない」ということでした(参考:1889年8月に,ポーツマス沖のスピットヘッドで行われた大英帝国海軍観艦式について)。この思いから,その後我々(注:英国民だけでなく世界の人々)がその後に被った全ての問題が生じました(注:第一次世界大戦と第二次世界大戦が主なもの)。もし,所有欲が常に対抗心(競争心)より強かったら,世界は現在よりももっと幸福な場所であったでしょう。しかし,実際(現実)は,もし,自分たちの競争相手を完全に被滅させることが確かならば,多くの人がこころよく貧乏に耐えることでしょう。そういうことで,(軍備増強のために)現在の課税の水準が高くなっているのです。
But acquisitiveness, although it is the mainspring of the capitalist system, is by no means the most powerful of the motives that survive the conquest of hunger. Rivalry is a much stronger motive. Over and over again in Mohammedan history, dynasties have come to grief because the sons of a sultan by different mothers could not agree, and in the resulting civil war universal ruin resulted. The same sort of thing happens in modern Europe. When the British Government very unwisely allowed the Kaiser to be present at a naval review at Spithead, the thought which arose in his mind was not the one which we had intended. What he thought was, "I must have a Navy as good as Grandmamma's". And from this thought have sprung all our subsequent troubles. The world would be a happier place than it is if acquisitiveness were always stronger than rivalry. But in fact, a great many men will cheerfully face impoverishment if they can thereby secure complete ruin for their rivals. Hence the present level of taxation.
(掲載日:2015.09.05/更新日:)