牧野力「(マクマスター大学における)バートランド・ラッセル生誕百年祭について」
* 出典:『日本バートランド・ラッセル協会会報』第22号(1973年9月)pp.7-8.
* 牧野力(1909~1994):執筆当時、早稲田大学政経学部教授
バートランド・ラッセルの生誕百年祭の催しは、世界のあちらこちらで開かれたようである。私は南米のペルー国のリマで、日本人会の事務所を訪れた時、リマ大学のペルー人教授が学生と百年祭の意味でささやかな会を開いた由を耳にした。もう二日滞在を延せば、その会に出席した邦人大学生が地方旅行から帰京するので、当の大学教授を紹介してくださると、大学生の父親に当たる方から、聴いた。飛行便が変更できないので、残念ながら、ボリビヤに飛んだ。合衆国内でもこの種のシンポジュームが一つならずあったようである。
レディ.ラッセルが臨席され、アルフレッド・エイヤー卿(オクスフォード大学論理学教授)の記念公開講演が行なわれ、俗称「ラッセル事件」を劇にしたものの上演、その他、多彩な催し物をふくめた記念祭は、カナダのハミルトン市にあるマクマスター大学 McMaster University で一九七二年十月十二日より十四日夜まで開かれた。
筆者は、ロンドンの約1ケ月半の下宿生活を切り上げて、北欧・ソ連圏と英語教育の視察の旅を終えて、アンカラから紐育(New York)へ、紐育から、空路でトロント経由でハミルトンに落着いた。十月十日であった。マクマスター大学とバートランド・ラッセル・アーカイブズ(略称「ラッセル図書館」)は、水口志計夫教授の訪問記(「会報」第20号)その他の記事、会報(第16号及び第18号)にある通りで、好感がもてた。そして、館内を視察してみると、同教授の訪問記が詳細な報告であったことをも改めて知り、会報の読者として有り難いと思った。
さて、百年祭の行事に話を戻そう。行事報告や研究発表のシンポジュームは追って公にされる故、又会報に掲載することになろう。
●十月十二日、19:30~ マホーク(?)大学講堂
公開講演: クリストファー・ファーレイ「懐旧談と所感」
司会 マクマスター大学総長
* この大講堂は丘の上にあって、眺望がよい。ファーレイ氏は平和財団日本支部設立の件で一九六五年に来日された方で、ラッセル卿の秘書であり、現在、平和財団理事長である。
・同日、20.30~21:00 同講堂 カクテル・パーテイ
・同日、21:00~ 同講堂 劇: The Chair of Idencency
* この劇は一九四〇年の「ラッセル事件」を扱った新作ものである。古い世代に排除されるラッセルの考え方が若い世代に共鳴される所で幕が下りる。
終って外に出ると、講堂内の熱気から解放され、気持ちよかった。しかし、九月中旬のカナダの夜の外気は次第につめたく感ぜられた。招待された者(大部分がラッセルの研究家、著者、翻訳家などであって、英米からの先生が多かった)はバスで送迎されて、深夜便利だったが、ホテルに着いたのは一時過ぎだった。
十月十三日と十四日は共に朝九時半から六時まで四カ所で六人宛の発表があった。
筆者は十三日午後四時から一時間半「中国及び日本におけるラッセルの影響」なる題の下に、事実報告のペイパー・リーディングを行い、二十分を質疑応答にさいた。日本におけるラッセル平和運動の実情、ラッセル協会の平和運動との関係などの質問があった。晩年のラッセル卿の中国観について、ファーレイ氏への質問が出たが、之には応答の時間がなかった。プラス・ペンリンで御厚志を賜ったレディ・ラッセルとファーレイ氏とが同時刻に別室で他の二人の研究発表があったにもかかわらず、最初からリーディングの終るまでずっと最前列の席で聴いて下さったのは望外の喜びであった(右上写真:1972年8月プラス・ペンリン山荘にて、同行者が撮影:左から、ラッセルの秘書だったC.ファーレイ氏、牧野力教授、ラッセル夫人)。司会を、冉雪萃博士がつとめて下さった。同教授は、タゴールの下で学び、香港の大学から当地の大学に招かれた宗教学の先生で、先年の学生の勤評投票でトップに立った人格者である(米・加の大学は学生の勤評投票がある)。印度哲学と中国仏教史とを講義して居る。カナダ滞在中、予定が大過なく終了できたのは同博士のヒューマニズムの御蔭と感謝している。
●十三日、18:00~ コンボケイション・ホール 百年祭バンケット
・同、20:00~ 同ホール
公開講演 アルフレッド・エイヤー卿「哲学者としてのバートランド・ラッセル」
司会 同大学人文学部長
・同、21:30~ 文学部第二建物
映画「バートランド・ラッセル」
*BBCのテレヴィ放映「ラッセルは語る」を中心に、記録的フィルムの綜合であった。この夜も、ホテルに十二時半に帰った。
●十四日
前日同様朝九時半から六時まで研究発表を四カ所において六人が行った。
・同 18:00~ 文学部第三建物
晩餐会
・同、20:00~ コンボケイション・ホール
公開講演 J.F.ストーン「国際政治における道義的力としてのラッセル」
以上がプログラムの素描である。上述のように、記録が発刊されるそうだから、会報で、講演内容の概要を会報で掲載したい。
ラッセル研究の一人として、読んだり、聞いたりしていた事について、人、物、事柄について見聞する機会を得たことは何より有難かった。マクマスター大学及び図書館の各位に深く感謝の意を表し、報告を終りたい。(協会常任理事・早大教授)