B「発言どころか,あわよくば棄権しかねないところだったよ。」 A「何が気に入らないんだね。やっぱり"黒い霧"というやつか?」 B「'黒い霧'なんて,子供だましじゃないか。あれで何もかも霧隠れしようというんだからね。」 A「評論家というのは,因果を逆倒してあとから理屈をくっつける傾向がある。どうもよろしくないね。"黒い霧"だって,ああいう黒い連中や同じ党の連中が,言い出したわけではないじゃないか。」 B「そりゃむしろ,反対党側の連中が,たくり出したものにはちがいないさ。そうしたら,自分のきている着物からも,少々ボロが出たというわけだが,そもそもこんな片々たる問題に,血道をあげて全力をそそぐようなやり方というものが,実はその背後に大きく拡がっている本格の問題に目がひらけていないところから来るんじゃないか。意図して隠したとはいえまいが,大きな目でみるとそんなことになるね。」 A「なるほど,君の目は大きいからナ。」 B「オヤこれは恐れ入る。失言かな。」 A「その背後の大きな問題というのを開こうじゃないか。」 B「それじゃ,少々うるさいけど,お釈迦さんに説法をするかね。何よりの証拠にはだね,"黒い霧"で泰山鳴動のあと,ネズミ一匹といいたいところだが,一匹も仕止めなかった。頭の黒いネズミは,みんな健在で,したり顔なんだね。あれほどの楽隊入りの総選挙をバカにしているが,これは問題の根幹がもっと深いところにあって,その辺から掘り返えしてこなくちゃ,事態は何も変わらないということじゃないかね。言いかえるとね,黒い霧の連中のように人目にふれるバカこそやらないが,似たりよったりの連中は沢山おって,投票する大衆からみるとあまり区別はないということでもあろう。」 A「なるほど……俎上にのせられた当の四,五人だけが落ちたということになると,君の議論からすると,かえって大衆はバカにされたようなものだという論理だな。」 B「まあ,そういうところだ。少々ネガティヴな意味合いでいうわけだが,大衆には案外,カンでわかっているところがあるんだろう。」 A「それじゃ,その大衆のカンに頼っておればそれでよいということになりはしないかね。それが君の議論じゃ……」 B「…仕方がない,というんだろう。もちろん,その通りだ。実はそこから先がほんとうの問題なんで,ここまでの議論では"黒い霧"を問題にして取組むかぎりは,こんなところが落ちだというわけさ,……ところで君は一体どう思うかね,こんどの選挙の総結果として,小党が少し進出してきて多党化だなどといっている向きが多いが,実際のところ衆議院の質がこんなことでよくなったといえるかね。霧だ霞だとさわいだ結果が,たしかによくなったと思うかね?」 A「さあ,総(選挙の)結果としては,新しい小党が他党の票をほんの少し食ったほか,旧態依然だな。正直なところ……」
A「例によって毒舌だなあ。」 B「毒舌じゃない,飴の話で少々甘すぎるくらいだよ。こうして考えてみると,さっきは大衆のカンだなどと,ちょいと大衆を持ち上げたけれども,実際のところは,大衆は投票場や新聞にならんでいるリストのなかから,候補者の一人の名を書くという行動をとったにすぎないんだ。」 A「わかり切ってるじゃないか。候補者以外の名を書くわけがない…」 B「バカも休み休みいえ,と君は思うだろうが,そのバカなところに,いまの日本の選挙の問題の核心がある,というのがボクの説なんだよ。」 A「さっぱり,わからんね。」 A「候補者がみなダメだというんだね……」 B「そうは言わないんだ。ボクは一つの区に一人あるかないか,といったね。そんな厳密なことは,むろんわからんさ。しかし,これは大体の仮定でよろしいんだが,五人区の中に九名の候補者がせめぎあってるとして,これといえるほどの候補者が一人はあるとするね。するとボクなら,間違いなくその人に投票するだろう。ところが,この区からは総勢五人はどうしても議事堂に入り込むことに初めからきまっている。みんながボクと同じようにその優れていると思われる一人に投票したとしても,彼一人が当選するわけじゃない。あとの四人は,やっぱり出てくる。これが金時アメさ。こうして仮りに,そういう割合で新議員が勢ぞろいをするということになると,一人に四人というわけで,二割は,まずまず国政を托するに足るとしても,あとの八割は,そこまではゆかんといった人物だということになる。そうなると,この国会は,大体においてこの八割のほうの力が大勢を占め,水準をつくりそうに思われる。また行政府もすべて国会人から長官その他が出て内閣を作るんだから,政府とか政治とかいうものも,一言もってこれをいえば,質の高い水準を保つことにはなりかねる。大体において金時級だ。そういう水準だからこそ,その中からときどき犯罪すれすれの黒いものが飛び出したりするんだ。砂糖会社ならまだそれでよいかも知れんが,仕事は政治だよ,国民の指導者なんだよ。国民を指導してゆく資格十分というんでなくちゃ,何が何んでも困るじゃないか。」 A「たとえば二割と八割とが,逆でなくちゃならんというんだね。」 B「せめて,そうありたいね。国会議員の名誉のためにもね。」 A「それにはどうしたらよいというんだね?」 B「端的にいえば,最初に候補者ありきだから,候補者そのものの質をぐっと高いものにするほかはない。候補者九人のうち少くとも四人はまあ,誰がみても,という程度にはね。」 A「そりゃ,むつかしい注文じゃないかね。」 B「むろん,やさしくはないだろうさ。しかし,いまの政治は,一にも選挙,二にも選挙,三にも,四にも選挙だろう。国民主権というからには,このほかに政治の基礎を求め,権力の源泉を求める方法はありゃしない。それほど重大無比の選挙というものを,この国では,いまでも,ああまた選挙か,とばかり戦前の選挙と同じように考えてるんじゃないか。」 A「そうでもないだろう。いざ選挙といえば新聞も,テレビも,ラジオも,総動員じゃないか。これでも熱心さが足りないというんかね。」 B「そこだよ,選挙そのものを,いくらカネ大鼓で騒いでも,お祭りにすぎない。だから,同じお神楽の繰返えしをやっているに過ぎないんだ。選挙が重大事なればこそ,まず候補者リストそのものこそ重大だ。第一流の人物を候補者に引ッ張り出すよう,そのために大騒ぎを演ずべきだと,ボクはいうんだよ。」 A「いくら引ッ張り出そうとしても,出てこないじゃないか。」 B「むろん,いまのように視界一面の霧じゃ,気のきいた人が出てくるわけがないさ。そこで要するに,問題は"選挙法"だ。これを根本的に改正して,人物を引ッ張り出しやすいように,少くともそのための基礎工事をやらんことには,いまのままのやり方では,それこそ百年河清を待つにひとしいさ。」 A「選挙法の改正だけで,世の中は変えられるという説なんだね,君の説は?」 B「少くとも,これだけはやらんことには,とボクはいうんだ。何しろ,日本ではインテリと政治とが,まだまだ離ればなれなんだよ。その辺の自覚と,その自覚の上に立った新しい工夫が必要なんだな。」 A「インテリと政治の分離は日本人の本来的な性格からくるのかね。」 B「そうでもないと思うね。ボクはむしろ明治以後の現象だと思うよ。少くとも明治維新の行動は,インテリ的要素と行動的要素とが合一して出来たんじゃないか。当時の一流のインテリが動かなかったら,ああはゆかなかったろう。」 A「何だか三百代言に少々引っかかったみたいで,よくはわからんがね。しかし,このへんでも明治百年を反省してみる必要はありそうだね。」 |