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バートランド・ラッセル落穂拾い- 中級篇(2016年)

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 R落穂拾い(中級篇)>は,ラッセルに言及しているもので「初心者向けでないもの」や「初心者向けではないかもしれないもの」を採録。初心者向けはR落穂拾いをご覧ください。


・(書評)G.オーウェル「ラッセル(著)『権力-新しい社会分析』」【石山幸基ほか訳『オーウェル著作集 第1巻(1920-1940)』(平凡社,1970円7月刊)(2016.07.23)

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ジョージ・オーウェル(George orwell, 1903-1950):英国の作家,ジャーナリスト,文明批評家。全体主義的ディストピア(ユートピアの逆)を描いた『1984』の作者として著名。1941年にBBCに入社し、東南アジア向けの番組の制作に従事。1947年に結核に羅患。
* 初出:『アデルフィー』1939年1月号掲載 

(p.342)
 バートランド・ラッセル氏の著書『権力』(Power, a new social analysis, 1938)のなかに、もし内容空疎と思われる箇所があるとすれば、われわれは今、明らかなもの(明らかであること)をふたたび述べることが知識人の第一の義務とされるような深みに、はまり込んでしまったのだ、というまでのことである。現在、赤裸々な力の法則がいたるところを支配している、というにとどまらない。それだけならたぶん、これまでにもなんどもあったことである。この時代が以前と違うところは、自由主義的知識人がいないということだ。暴力崇拝はいろいろに装いを変えながら、もうひとつの普遍宗教になってしまった。
 「善良」な人が引金を引こうとも機関銃は機関銃であるというような、分かりきったことは - まさにラッセル氏が言うように---異端視され、口に出せば危険がふりかかるようなことになってしまった。
 ラッセル氏の著書で一番面白いところは、初めの諸章だが、彼はここで、僧権(僧侶の権力)とか、寡頭政治、独裁政治の権力など、権力のさまざまな類型を分析している。現代の状況を扱っているところは少しもの足りないが、これはすべての自由主義者と同じく彼も、権力をいかにして獲得するかの説明より、どのような権力が望ましいか指摘することの方が得手だからだ。

 今日の基本的な問題は、「権力を手なずけること」であり、われわれを恐怖のどん底から救い出してくれるものとして信頼できる体制は民主主義のほかにないということを、彼は明確に描いている。またおおよその経済的平等と、寛容で堅実な考え方を作る教育制度なしでは、民主主義は無意味に近くなる、ということも。しかし、そのためにはどこから手をつければよいのかは、あいにく彼は何も言ってくれない。彼はただ、現状はいずれ破れるだろうという、一種宗教的な希望につながるようなことをつぶやくだけだ。むしろ彼は過去に目を向けて言う。圧政はすべて遅かれ早かれ崩壊してきた以上、「彼の先輩たちより(ヒトラーが)永続きするという仮定にはなんの根拠もない」(松下注:この書評はヒトラーが権力を強めつつあった1939年1月に発表されている。/そうして、ラッセルの予言通り、ナチスは崩壊した)
 この考え方の底には、結局は常識が常に勝つ、という思想がある。しかし現時点に特有の恐怖は、この思想が真なのかどうか確言できないことにある。指導者が命令すれば、二たす二でも五になるような時代にわれわれはのめり込みつつあるということは十分考えられる。ラッセル氏は、独裁者が依拠している組織された虚偽の大体系は、独裁者の部下たちを現実から隔離するので、彼らは事実を知っている人々よりも不利になる、と言う。その通りなのだが、だからといって独裁者の目差す奴隷制社会がすぐ倒れると証明されるわけではない。支配階級が自分を欺くことなく部下たちを欺くような国家を想像するのはたやすいことだ。そういう国家はもう現実世界には現われないとは、だれも断言できない。ラジオや国家統制の教育など、悪い方の可能性を考えてみればだれでも、「真実は偉大であり、勝つであろう」という言葉は、公理というより祈りに過ぎないことが分かるだろう。

 ラッセル代は現存の著作家のなかでは最も読みやすい人のひとりだが、彼が存在しているということを知るだけで非常に心強くなる。彼とか二、三の彼みたいな人が生きて、しかも監獄の外にあるかぎり、世界のある部分はまだ正気だと知れる。彼はかなり折衷的な精神をもち、浅薄なことと深遠におもしろいことをかわりがわりに言うという能力をもっており、また時には、この本でも見られるように、彼は重大な主題にふさわしい真剣さを欠いている。しかし彼は本質的にはまともな知性をもっており、それは単なる頭のよさとは違ってごくまれにしか見られないような知的騎士道精神とでも言うべきものだ。過去三十年の間ずっと、下らない時の流行をはねつけてきた人々は、ほとんどいない。彼は、この恐慌と虚偽が世界的になっている時代に、接触しておくべきすぐれた人物だ。その意味で、この本は『自由と組織』(松下注:これも1934に出版されたラッセルの著作)ほど出来ばえはよくないが、必読の書である。