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バートランド・ラッセル ギリシア・ローマの歴史家

* 原著:Understanding History and Other Essays, 1957
* 出典:牧野力(編)『ラッセル思想辞典
 

 下記は牧野力氏による要旨訳です。原文は、早稲田大学教育学部教員図書室のラッセル文庫に寄贈してありますが、手元にないために、残念ながら原文を添付することができません(従って、誤訳が含まれているかも知れません)。


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 歴史家の父ヘロドトス(松下注:「歴史の父」のはず)は、多くの理由から読む価値がある。第一に彼の本は面白い物語に満ちている。人類学を楽しむ人に良く、当時の未開人の風習を旅行者の話そのままに書き、近代研究家も記述の正確さを確認している。古代世界の優れた序論(松下注:「導入」?)を提供する。
 偉大な歴史家ツキディデスは、ヘロドトスよりテーマは小さいが、優れた技巧で事実を扱い、綿密・正確な関心を払っている。ペロポネソス戦争におけるアテネとスパ ルタとの紛争を主題としたギリシア悲劇を典型とし、筆致は簡素で渋い文体で、ゴシップ的逸脱がない。叙事詩的壮大さの中で人間の景観が呈示される。ギリシア人の心情に訴える冷談な運命神が、世の人間味ある神々の上に君躍し、定めを越えるものには、人、国、何ものにも、その高慢を許さず、処罰する。これがギリシア人の現実の宗教で、その宗教的信念を壮大に例証して見せる。
 プルターク(正しくは、プルタルコス)は、ルネッサンス以降、古代史家中最も影響力ある人物で、ゴシップ好みで叙述の正確さを欠くが、面白い話には目がなく 英雄の弱みを喜んで語り、詩張さえする。歴史家というよ り実際的な政治家肌に近い。

 右の三人は歴史の書き方の三種の技法を例示している。
 最後にギポンがいる。重大な欠陥を計算に入れてもなお偉大で、楽しめる著者である。個々の人間描写を別にしても、彼の長所は大事件の進行感覚が確実で誤りない点にある。歴史の進行を彼以上に巧く描出した人はいない。一冊の本で二世紀から十五世紀まで全体を扱う中で、自分の主題の統一性とか構成部分相互のバランスとを見失わなかった。巨大な全体を掌握する力は一般の人間の及ばない資質で、彼を一流の歴史家と称する所以である。